よくない噂に少女は悩む


噂のあとで泣いた女は


十三番隊舎の廊下、その窓際に佇む少女がいた。

あんなに小さい姿に心当たりは一人しかない。

少し近づくと、彼女はこちらを向いた。

「お、おつかれさまです!」

「構わん構わん。」

朽木は下げていた頭を上げた。

「何を見てたんだ?」

彼女の頭の上から窓の外をひょい、と覗く。

十三番隊の裏庭、そこには女性隊員が集まって弁当を広げていた。

なるほど。

「べ、別にあの方々を見ていたわけでは・・・」

「ああ、わかってる。」

わかっていた。

彼女が同僚から、先輩から、なんとなく距離を置かれていることくらい。

あまり気味のいい話ではないが、仕方の無いことだろう。


窓にぶら下がる、風鈴が鳴る。

朽木は申し訳なさそうに俯いている。

「夏の長期休暇!空いてるか?」

「へ?」

唐突な言い出しに、やはり驚いたようで朽木は聞き返した。

「海でもいい、山でもいい。なんなら現世にでも出向こう!」

風鈴がまた鳴った。暑さを忘れられるとは到底思えなかった。

「朽木の好きなところに、二人で行こう。」

朽木は困ったように笑った。そんな笑顔、どこで覚えてきたんだ。

そして頷いた。


階下の裏庭、隊員たちのはしゃぐ声。

朽木は俺の言葉を待っている。

俺は何も言わない。

代わりに、背の低い朽木を覆いかぶさるように抱きしめた。

両手をあげて、驚いたように息を呑んだのがわかった。

ここは職場だ、なんてくだらないことはもう俺の頭には無かった。

きっと朽木はわきまえてるはずなのに。

分別のない大人でごめんな。でもあんな顔するお前も悪い。


後日、雨乾堂を訪れてきた者があった。

なんとなく来るような気がしていたのは、親友同士という絆からか。

「浮竹ちゃーん、どうも。」

楽天的な声の後に強い薫物のにおい。

「京楽か・・・」

その男はにやにやと笑みを浮かべながら俺に迫ってきた。

いやな予感は的中した。

「あんな真面目な色男が、部下と、しかも職場で・・・!」

「あー!黙れ!あれは違うんだ・・・」

京楽は鼻で笑った。

「噂になってるよ。いいのかい?」

あれで誰かに見られない方が変だった。

しらふでよくあんなことができたと今になって感心してしまう。

「ああ、そうだなぁ。」

噂になっても、特に焦る感情は無かった。

時期が来たと思えばいい。


京楽としばらく世間話をした後、休憩中であろう朽木を訪ねた。

朽木は執務室で一人で昼飯を食べていた。

彼女は俺を見るやいなや、弁当をかたして部屋から出て行こうとした。

相当怒っているようすだった。

「そんなに怒るなよ。」

脇を通ろうとする朽木の腕を掴んで引いた。

その手を振りほどこうとする朽木を見て、俺は少し笑った。

「何がおかしいのです!私の身にもなってください!」

声には怒気が表れており、彼女の髪は逆立っていた。

こうなると女は手ごわいと聞く。

「一日中、問いただされて騒がれて・・・全部隊長のせいです!」

俺はますます、にやにや笑いを止められなくなってきた。

朽木は必死そのもので潤んだ目で俺を睨んでくる。

どこか遠くで風鈴が鳴る。

「そうかじゃあ結婚しよう。」

急に朽木の表情が当惑する。

唐突すぎる求婚に、頭がついていけないようだ。

しかしすぐに先ほどの怒った顔に戻ってしまった。

「どうせ友の居ぬ私に同情してるだけだ!」

「おいおいそんなわけないだろう。冷静になれ。」

朽木は涙を流す。そして叫ぶ。

「そんなに都合よく私が幸せになれるわけがない!」

涙で目も開けられぬ朽木に合わせて俺はかがむ。

こんなに緊迫した男女の悶着なのに、俺の心は穏やかだった。

それほどまでにこの部下を愛していた。

「結婚しよう。」

逆立った髪を撫で、押しのけようとする手をかわして頬に口付ける。

簡単なことなのに掌が汗ばむ。

「結婚しよう。な、朽木。」

朽木は顔を上げた。目が真っ赤に充血している。


それは俺の女の顔をしていた。


Fin


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