あなたの不安は私の不安です。


私は彼を抱きしめる。


抱きしめる


浮竹隊長が雨乾堂に引きこもって三日が経つ。

熱がひかないらしい。

隊員にうつすのは嫌だから、と四番隊の者以外は寄せつけなかった。

三席の二人がたまに様子を見に行くのだが、物音が全くしないらしい。

いい加減、私も心配であった。


この日、執務が終わった後に私は雨乾堂に忍び込んだ。

隊長はいきなり転がり込んできた私を、さほど気にする様子はなかった。

「おう、朽木か。」

隊長は布団に横になってはいたが、何かの書物を手にしていた。

「た、隊長、お体は大丈夫なのですか?!」

「ああ、そんなにたいしたことはないんだ。」

起き上がって隊長は布団の上にあぐらをかいた。

「ほら、こっちへ寄れ。」

てっきり生死をさ迷うくらい、体を悪くしているのかと思った。

一気に安心した。

「心配でした・・・!」

仮にも職場であり、不謹慎だとは思ったが私は隊長に抱きついた。

「悪かったな。」

大きな手で彼は私の髪をなでる。

そして耳元に唇を寄せる。

「実はお前に見せたいものがあるんだ。」

そう囁かれた。


隊長は小机の下から菓子の箱を引っ張り出した。

ふたには小さな穴が散らばるように開いていた。

「何ですか?」

身を乗り出して、私はその箱を見つめる。

隊長は唇に指を当て、静かにしろと合図した。

そして慎重にそのふたを開ける。

中には布の切れ端と共に、何か毛の生えた生き物が寝息を立てていた。

「ひ・・・」

私は一瞬、怯んで小さく声を上げた。

するとその生き物がすばやく起き上がる。

真っ白な猫であった。しかも子供だ。

「どうだ、かわいいだろう。」

まるで我が子を自慢するような口ぶりだ。

私は少し笑った。

「ええ。でもどうされたのですか?」

「拾ったんだ、そこの林で。」

いとおしそうに猫を抱き上げて、隊長はそれを胸に収める。

猫は甘えるように鳴いた。隊長に慣れているようだ。

「ほら朽木も抱いてみろ。」

そう言われて私は恐る恐る猫に手を近づける。

猫は私の手に収まると安心したように丸くなった。

少しでも力を強めれば、壊れてしまいそうだ。

「だいぶ懐いてるじゃないか。」

「でも海燕殿に見つかれば怒られます。」

そう言って、私はとっさに口をつぐんだ。

隊長の表情がどんどん曇っていく。しまった。

「・・・申し訳ありません。」

もう居ないのだ。

十数年前にあの人は死んだのだった。

自然に口から彼の名前が出てしまった。不覚であった。


「なあ朽木。」

突然、隊長が私を呼んだ。

「は、はい。」

猫も同じように隊長の方を向いた。

緊張した場面にそぐわない存在である。

「ずっと聞こうと思っていたんだ・・・」

こんなに辛そうな顔をさせたのは私だ。

一番苦しいのは隊長だと、わかっていたのに。

「俺はお前にとって、海燕のかわりになれているか?」

隊長が私の両手を取る。

必然的に猫が私の腕から滑り落ちた。

「ずっと、海燕が死んでから十何年間、ずっと気がかりだった。」

「十四郎さま・・・」

思わずその名が出る。

少なくとも職場では呼ばない彼の名だ。

さすがに隊長も驚いたように顔を上げた。

「も、申し訳ございません。浮竹隊長。」

すかさず私は訂正する。

隊長は私の顔を覗き込む。

「いつも思う、お前は美しいな。」

私の頬に手を当てて、隊長は呟いた。

私は何も言えず、ただ首を横に振るばかりだ。

「海燕はこんなこと言わないか?」

「十四郎さま・・・!」

耐え切れず、私は彼の手を振り解く。

「私は十四郎さまを、海燕殿のかわりだと思ったことは一度もございません。」

抱きしめる。

抱え込むような抱きしめ方だ。

「愛しております、十四郎さまを。」

伝わればいい、もう悲しい顔はさせまい。

私のせいで思い悩むのは今日でおしまいになれ。

ありったけの願いと祈りを込めて、私は抱きしめる。


「お前ならきっとそう言うと思っていた。」

もういいよ、と言って隊長は私の腕をはずした。

やつれた頬が三日間の体調を物語る。

「優しいんだな。」

「・・・それは隊長の方です。」

わかってくれたか。

隊長はいつもと変わらぬ微笑みを湛えている。

「なんだもう、十四郎さま、とは呼んでくれぬのか。」

似もしない私の声真似で笑いをとろうとする。

優しい方だ、子猫が懐くのもよくわかる。


「十四郎さま・・・ずっとお傍にいます。」

「そうかそうか。」

猫が扉を小さな爪で引っかいている。

外が恋しいようだ。

頼むから、はずみで扉を開けたりしないでくれよ。


Fin


早い!キーボード打つスピードやばい!
これからも頑張ります。


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