彼が笑うたび、白い湯が揺れる。


屈託のないまっすぐな笑顔だ。


経験の相手


浮竹隊長が私のために休暇をとって、温泉宿に連れて行ってくれた。

部屋の露天風呂からは雪が舞い、壮美であった。


風呂の縁から手を少し伸ばせば、冷たい雪に手が届いた。

「肩をだすと冷えるぞ。」

そう言って隊長は、雪に身を乗り出している私の腕を引いた。

隊長は顎のあたりまで湯に浸かっている。

その仕草がなんとも子供のようでかわいらしい。

私は素直に肩まで湯につかり、もう少しだけ隊長に近寄った。

隊長は困ったように笑って、私の肩を引き寄せた。

「静かだな。」

「ええ。」

隊長の長い髪が私の目元に落ちてくる、視界が遮られる。

それも厭わず私は彼の胸板に顔を埋めた。


多種多様な男共を攻略しても、この男だけは一向にわからないままだ。

単純な表情の裏で何を考えて、感じて、思っているのかわからない。

「口付けてもいいか?」

隊長が私の顔を覗き込む。

柄にも無く、私は狼狽する。

それほど長い時間湯に浸かっていないのに、顔が火照っている。

「初心なふりをするな、悪い癖だ。」

呆れたように笑って、隊長は私の唇をなぞった。

思わず体が後ずさりしてしまう。

何故この男の前では、こんなにも胸が跳ねるのか。

何故こんなにもじれったい行為を、愛しいと思ってしまうのだろうか。


「なあ朽木、いい加減堪忍したらどうだ。」

根気よく、逃げる私の肩を取り押さえる隊長が言う。

「堪忍したら、私はあなたの物になってしまいます。」

「俺の物になればいいじゃないか。」

簡単なことだ、と隊長が付け加える。

「わからないのです。」

隊長が聞き返す。

私は返事をしない。

途端に水を打ったように静かになる風呂。

雪が更に強く降りだした。


状況を飲み込めていないのか、隊長は微笑んで私の答えを待っていた。

否、状況などとっくに飲み込めているのかもしれぬ。

それどころか、私の心の奥底までも見透いているのやもしれぬ。

いずれにせよ恐ろしい男だ。

「早く答えを出さぬと口付けるぞ。」

ずい、と隊長の顔が近づく。

兄様には劣るが、美しい顔立ちだ。

あまりの恥ずかしさで気が遠くなりそうになる。

「い、言いますから顔を離してください。」

あくまで冷静に言ったつもりだが、声が裏返る。

何度か浮竹隊長とは唇も褥も重ねたが、その度いつもためらいが生じる。

昔の男が見たら、きっと笑うだろう。

「隊長の仕草ひとつ、言葉ひとつ、表情ひとつ、わからないことがあります。」

「それが恐ろしくて、俺の物になれないというのか。」

若干、隊長の声が低い。

私は頷いた。

隊長はふと眉尻を下げ、笑った。

そして風が掠めるような速さで、私に口付けた。

「お前の他に誰が、俺と口付けるんだ。」

「・・・いません。」

「お前の他に誰が、俺と褥を共にする。」

「私だけです。」

また隊長が笑った。

幸せそうに笑うのだ。

「俺には口付ける相手も、褥を共にする相手も必要だ。」

隊長の大きな手が私の頬を伝う。

「俺も若くはないが、人並みに恋をする相手が必要だ。」

「それは私ですか。」

潔く、一回頷いた隊長は少し真剣な顔をしていた。

思わず姿勢を正す。

「わかろうとしなくていい、ただ俺に恋をさせてくれ。」

なんて一途で心根の優しい人なんだ。

今までやってきた、男との戯れが恥ずかしく思える。

「・・・はい。」

改めての告白に頬が熱くなった。

恋をすると誰でもこうなのか。

好きだ、ただ単純にこの男が好きだ。


「どうした?具合でも悪いのか?」

隊長はうつむいたままの私を気にして、背中を擦った。

まずい、こんなに優しくされたことなどないのだ。

でもどうすればいい。好きな男に甘える術を私はしらない。

この人の前で、私はいつまでも免疫がないままだ。

仕方なく、私は隊長にしがみつくように抱きついた。

「だいぶ身体が熱いぞ。そろそろ上がるか?」

耳元で隊長はそう囁いた。

「はい。」

私は隊長から離れた。


耳元に残る、甘ったるい余韻のせいで手先が震える。

女慣れしていないような顔で、よくもこんなことをする。

「ここの飯はうまいらしいぞ。」

唐突にそんなことも言う。

「楽しみです。」

私もなんとなく相槌を打つのが上手くなったようだ。



Fin

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浮竹さんの前ではしおらしくなってしまうルキアでした。
脳内では冷静だとすごい素敵だと思います。


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