隊長がぎゅうぎゅうと、私の背中を抱きしめる。
その衣擦れの音も全て、兄様の耳には届いていた。
甘い
隊舎の窓から雨乾堂が見える。
私はその窓の桟に肘をついて、それをじっと見ていた。
仕事はどうせ終わったし、私を昼食に誘ってくれる者もどうせ居ないのだ。
しばらく私は雨乾堂を眺めていた。
ふと雨乾堂を囲む池の表面に水紋ができたかと思うと、落ち葉が勢いよく舞った。
突風が窓を打つ。
「こりゃひどい!」
窓の外で大声で叫ぶ者が居た。
私はその姿を確認して、すぐさま下の庭に下りた。
せっかく色付きはじめたもみじの葉が地面に落ち、風で小さな竜巻を作っていた。
彼はどんどん葉の落ちていくその木を恨めしげに見ている。
「そろそろ見頃だったのによぉ・・・」
ぶつぶつと首をかしげる彼の背を、指先でつついた。
彼は振り返って、そして私を見下げた。
「おお朽木か、どうした?俺が恋しくなったか?」
「ええ。」
私がそう言った途端、浮竹隊長は黙りこくってしまった。
口をぽかんと開けて私をじっと見るので、少しかわいそうになって話題を変えた。
「隊長こそどうなされたのですか?」
隊長は苦笑いをして言った。
「もみじの様子を見に来たんだ、そろそろきれいに色づいているだろうと思って。」
そのもみじの木の幹に手をかけて、隊長は続けた。
「そしたらこの様だ。」
隊長は風に煽られて、次から次へと落ちてくるその葉を手で受け止めた。
それを見て彼はため息を吐いた。
風が彼の羽織を打ってそれが靡く。
「このままだと、今日明日で全部散ってしまうかもしれんな。」
まいった、と隊長は頭を掻いた。
「良いではないですか、来年もまた見られます。」
隊長は低い声で唸った。
もみじの奥には池が広がる。
静かに静かに水紋ができ、私はそれを眺める。
心が和ぐ、きっと彼もそんな気持ちだろう。
「来年もまた見られるか?」
「ええ。」
「来年もまたお前と見られるか?」
「ええ、きっと。」
嘘になるかもしれないな、と思った。
それでも隊長は安心したように、私の肩を引き寄せた。
「来年確実に見られるように、手入れをさせる。」
私は彼の胸に顔を埋めて頷いた。
「見ごろになったら、ここで二人で酒でも飲もう。」
私はもう一度頷く。
「な、だから行くなよ。」
情けない声で隊長は言って、私の頬に唇を一、二度当てた。
私は少し同情して、彼の首に両腕を絡ませた。
隊長はいい気になったのか、私の首筋に顔を埋めた。
突然に私の体が、冷水を浴びたように冷たくなった。
もみじの木が一層ざわめき、葉が一気に落ちた。
今、一番この姿を見られたくない人がやってくる。
「隊長・・・」
彼はこの霊圧でも微塵も動かず、ただ私を抱きしめていた。
私を放すどころか更に力を込めてくる、嫌がらせか。
「放してください。」
あくまで冷静に、それでも近づいてくる足音に私は冷や汗をかく。
「隊長!」
霊圧の動きが止まった。
最大値のそれが、私の背後にある。
一瞬でも気を抜けば引きずりこまれる、なんて深い。
「何をしている。」
その人が聞いても、浮竹隊長はそれを無視する。
あるいは私に問いかけられたのかもしれない。
それでも私は口を動かせない。
「ルキア、お前に聞いている。」
まるで心の中を見抜いたような口振りだった。
「兄様・・・申し訳ありません。」
言葉と体勢が矛盾している。
しかし私がどんなに、隊長の腹に拳を打ち込んでも彼は微動だにしない。
どこまで鈍いのか、それとも根性か。
「浮竹、それを離せ。」
「だめだ。」
初めて彼が言葉を発した。
しかし私の望んでいた言葉ではない。
「何故だ。」
兄様が尋ねる。
「心を捉えられないのなら、せめて体だけは捕らえておこうと思って。」
心底あきれた、きっと兄様もそう思っている。
その証拠に兄様の霊圧が一瞬、微かに揺らいだ。
「お前の妹は実にいろんな男を知っているからなぁ。」
いらぬことまで告げ口するな、兄様に叱られるのは私なのだ。
頭にきたので、私は隊長の足をかかとで踏んだ。
彼は小さく悲鳴を上げたが耐えた。
「ルキア、本当か。」
どうしよう、きっと怒っていらっしゃる。
表情がまるでわからない分余計に恐ろしい。
「まあそう怒るな、白哉。なにもお前の妹は、お前だけのものじゃないだろ。」
私が答える代わりに、隊長がそう答えた。
「・・・付き合いきれぬ。」
図星を指されたのか、兄様はそう言って去っていった。
「この、莫迦!」
兄様の足音が聞こえなくなってから、私は隊長の肩を押した。
思ったより簡単に彼の体は私から剥がれた。
「そんなこと言うなよ、結婚をアピールできただろ。」
しゃあしゃあと彼は言って、笑っていた。
「っ・・・逆効果です!」
どうしようもなく情けない顔で笑う人だ。
端正な顔立ちもただの飾りか。
誰が老い先短いこんな軟弱男と結婚してやるか。
「10年後も、一緒にもみじをみようなぁ。」
そして彼は一方的な約束をした。
どうしても、私はその約束を守ることになるだろう。
私は彼に甘いから。
Fin
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悪いルキアも好きです。
やっぱりアホな浮竹が好きです。
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