握られた手のその感覚が、


私の想いと同期する。


手の甲の感覚はその人の


恋次は私の手を離そうとはしなかった。

暗闇でも光る彼の目から、私は不覚にも目をそらすことができなかった。

抵抗できない、身動きの一つもとれない。

抵抗なぞしたら、私たちの過去が崩れる気がした。

しかし、抵抗せねば私たちの未来が汚される気がした。

動けない、拒めない。

今、私が恋次を傷つけるのは酷だと思った。

手首が締め付けられて、キリキリと痛んだ。

「・・・悪いけど、もう逃げねえからよ。」

恋次の目と口が震えている。

「もうお前のこと追いかけるのはやめるけど、」

途方もないことをこの莫迦は、言おうとしている。

「これから俺がお前のこと引きずってくからな。」

覚悟しとけ、そう言って彼は私の手首を離した。

何を覚悟しろというのだ。

お前などにくれてやる覚悟も未来もない、そう言いたかった。

言えなかったのは彼が今までになく、満たされた顔をしていたからだ。

恋次の去り際の、その顔が私を躊躇させた。


「俺に内緒で夜の逢瀬か?」

突然その人の声がしたかと思ったら、いつの間にか目の前に彼の白い髪が見えた。

「・・・立ち聞きですか。」

あからさまに不機嫌そうな声で、わざと彼を煽る。

やはり彼は、拗ねたような顔をして私を覗き込んだ。

「人聞きの悪い。」

私は彼を無視してその場を去ろうとする。

でも彼が私の右手首を掴んだ。

「隊長、おやめください。」

狙ったように、恋次が掴んだ方の手をやんわりと握ってくる。

咎めても、この人は絶対に離してはくれない。

「痛いです、離してください。」

痛みのせいだ、痛みのせいで涙が溜まって目の前が曇る。


隊長はただ黙って、私の泣き顔を見ていた。

いつまで経っても何も言わず、手も離してくれはしない。

やがて庭園の鈴虫も鳴くのをやめた。

廊下の灯りはとうに消えて、隊長の持っているロウソクの芯も短くなってきた。

ふと顔を上げると隊長が、思い詰めたような顔をしていたので私は驚いた。

「参ったな、お前の涙を拭いてやりたいのに両手が塞がってる。」

顔を上げた私に気付いた隊長は、困ったように少し眉根を下げて笑った。

何を考えているのです、心臓が苦しくて声が出ない。

「・・・怖いんだ。」

唐突に彼が言った。

「今お前の手を離したら、もう一生戻ってこない気がする。」

おかしな確信だ。

そこまで疑わせるようなことをしているのかと、情けなくなる。

彼にそう思わせるくらいに、私は今揺れている。

「離さないんじゃない、離せないんだ。」

ロウソクの芯はもうほとんどない。

喉から搾り出していた嗚咽さえ、もう枯れている。

「だったら、一生離さなければいい。」

辛そうな隊長の顔を見て、思わず言葉が口をついて出た。

「朝も昼も夜も、一瞬でも疎ましがらずに離さぬ覚悟がおありなら・・・!」

私が一気にまくし立てたせいでか、隊長の手の内のロウソクの火が消えた。

突然真っ暗になっても私も、そして隊長も怯んではいない。

「その覚悟がおありなら、私はあなたの想いに靡きます。」

返事はなかった。

隊長の持っていた小さな燭台が、床に落ちる音がした。

右手の甲を温く、柔い何かがかすめた。


翌朝起きると、やはり恋次に強く握られた右手首に痛みが走った。

しかしそれ以上に、浮竹隊長に口付けられた手の甲がまだ熱い。

「起きたかぁ、朽木。」

間の抜けた浮竹隊長の声が部屋の外からする。

慌てて髪を適当に梳かして、立ち上がる。

「只今、只今参ります!」

即座に枕元の死覇装を広げ、よろめきながら袖を通す。

「そのままでいい、長居をするつもりはないから。」

私はふと手を止めて、寝衣の上から着かけていた死覇装を布団の上に落とした。


扉の向こうで隊長は、どんな顔をして待っているのだろうか。

私はどんな顔をしていれば良いのだろうか。


感触の残る私の右手が、扉を開けてしまった。

まだ心の準備などできていないのに。


Fin

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やっぱりすきです、浮ルキ!
相変わらず浮竹隊長がヘタレですけど、ね・・・


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