彼は無防備な笑顔で笑う。
それに母性がはたらいて、ついつい騙されてしまう。
その笑顔の真意を知りながら
兄様に怒られてしまうと思いつつ、隊長のご自宅に長居してしまった。
私は足早に夜道を歩いた。
仕事帰りに、浮竹隊長のご自宅にお邪魔することになった。
隊長からお誘いがあった。
例によって隊長の匂いをつけてきた私に、兄様はお怒りになるだろう。
それを承知で、隊長は私を求めているのだ。
私が断れないのを知っているくせに。
なんてずるい人なんだろう。
隊長じきじきに私を呼びにきた。
「くーち−き!」
私が膨大な量の書類を抱えて、部屋の中を歩き回っているというのに涼しげな顔だ。
腰に両手を当てて、隊員の往来の邪魔になるというのに通路に突っ立ている。
私は書類を自分の机に投げ捨てるように置いて、巾着袋を取って彼の元へ走った。
「お、おまたせしました!」
長い距離を走ったわけではないのに息が切れている。
隊長の笑顔を見たせいで頬が熱い。
それに知らぬふりをする、隊長がずるいのだ。
「今日は桟橋の方で花火があるんだ。」
隊長が思い出したように言った。
打ち水をしたばかりの庭にとびでた濡れ縁に、二人で腰掛けていたところだった。
虫除けの香の香りが私の鼻をくすぐっていた。
「そうですか。」
落ちそうな瞼を落とすまいとしていたので、ぶっきらぼうな返事になってしまった。
隊長は少しさみしそうな顔をしたと思う。
「見たくないのか。」
まどろむ私とは裏腹に、彼は必死だった。
隊長の声は変わらないが私にはわかる、心が必死だ。
「ええ、人ごみは嫌いです。」
いつもしてやられるばかりだから、いじめてやろうと思った。
「・・・朽木。」
半ば呆れたような声だった。
でも少し笑っているようでもあった。
「俺の家から見えるんだよ。」
結果的にまたやられてしまった。
予想外の答えが返ってきたせいで、立場が逆転してしまった。
「桟橋まで見に行ったら俺の家に来た意味がないぞ。」
隊長は苦笑している。
「それにきっと十三隊の誰かも来てるはずだ、面倒は避けたい。」
そんなふうに笑う、私が何も言えないのを知って。
それがずるいと言いたいんだ、私は。
隊長の家は、花火を見るには絶好の場所だった。
体を少し斜めにずらせば手の届きそうな花火が、夜空に咲いた。
「朽木も飲むかー。」
浮竹隊長にはすでに、酒が入っていた。
「兄様に怒られるのは私です。」
あきらめたようにため息を吐き、隊長は徳利からお猪口に酒を注ぐ。
そして右の膝に顎を乗せ、つまらなそうに花火を眺めている。
「久しぶりにお前と飲めると思ったのに。」
そんな顔をされては了解するほかないではないか。
「・・・いただきます。」
彼は途端に顔を輝かせて、お猪口に酒を注いだ。
私には是、としか言わせてくれないのか。
「本当に、送っていかなくていいのか?」
玄関で下駄を履くのに手間取る私に、腕を貸す隊長が聞く。
「ええ、兄様に見つかったら殺されます。」
浮竹隊長は腕を組んで笑った。
「確かにな。」
門限はとうにすぎた。
それなのに顔色一つ変えてくださらない隊長は、無神経だ。
私の想いを知る余裕から、安心しきっているのだ。
「では、おじゃましました。」
酔いの回った足元はふらつく、されど脳内は冷静だ。
冷静でいなければ隊長の優しさに甘えてしまうだろう。
家に帰ったらきっと兄様はお怒りだろう。
そしてまた一週間は口を利いてくださらないだろう。
そのことを海燕殿にからかわれるのだろう。
それでも尚、隊長が私を求める。
全てを知り、私の気持ちも知りながらよくあんな笑顔でいられるものだと思う。
ふと、私は足を止めた。
私の全ての元凶、それでも愛しい霊圧が背中を撫ぜている。
「やっぱり心配だから追ってきた。」
耳元で声がする、肩に手が置かれている。
振り返った時には、もう彼の胸に飛び込む他なかった。
「おっと、」
彼は私を受け止めて、背中を優しく二回叩いた。
「・・・ずるいお方です。」
微笑まずにはいられなかった。
それは酔っていたせいかもしれぬ、笑いがこみあげてくるのだ。
「ああ、悪いな。」
隊長は私のつむじに軽く唇を寄せた。
兄様に怒られてもいい、海燕殿にからかわれてもいい。
この人がずるい笑みを湛えて、私を待っている。
Fin
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ルキア祭りに投稿させていただきました。
たくさん書きたい、と思っていたら長くなってしまったよ。
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