あらぬ感情を悟られて、情けを掛けられるのは惨めだ。


だから、心の色が見えぬよう。また、目を逸らした。



Your Dazzling Smile



今年の夏は、一日だけお休みをいただいた。

去年は忙しくて一日も取れなかったのを、隊長のお計らいで。

隊長も同じ日にお休みを取って、私を海に誘ってくださった。

何十年ぶりだろう。

大昔に一度だけ、統学院を抜け出して恋次に連れて行ってもらったことがある。

真っ白な砂、燦々と照りつける太陽、女子供のはしゃぐ声。

青黒く波が寄せるのに怖気づいて、足先で水に触れることしかできなかった。

恋次に臆病者だと莫迦にされたのもいい思い出だ。


浮輪を抱えて恐る恐る足を水面につける。

「何だ朽木!怖いのか?」

浮竹隊長が笑って私の背を叩く。

「怖くなど・・・!」

「強がるな。誰にでも苦手はあるものだよ、朽木。」

隊長が私の手を取る。

今まで彼の背中ばかりを見て戦ってきたから、私を振り返る笑顔が眩しい。

敬慕の念だけじゃない。こういう時、あらぬ感情を思い知る。

「た、隊長!」

あまりに強く手を引かれ転びそうになるのを、何とか持ちこたえる。

「ああ、悪い悪い。つい楽しくてな。」

いつのまにか腰の辺りまで冷たい水に浸かっていた。

急いで浮輪に足を通す。

「海なんて久しぶりだ。良かったよ・・・」

隊長が私の手を引いて更に沖の方へ進む。

「お前と来れて、良かった。」

隊長は優しい。

優しいから子供の手を引いてくださる。

優しいから私のような子供を特別に愛顧してくださるんだ。

思い上がるな、錯覚するな。

隊長の言葉は、私が子供だから放たれる。


隊長が向こうで飛沫を上げて泳ぐのを、浮輪の上から眺める。

目尻が下がって本当に楽しそうだ。

ここ最近、隊長の調子も良くて随分と体力を持て余していたようだ。

良かった。

安堵の溜息を吐いて再度隊長の方を見やると、そこに彼の姿が見えなかった。

驚いてまわりを見回しても隊長はいない。

「た、隊長?」

悪い予感が胸を騒がす。

急いで隊長の居たあたりまで必死で脚を動かした。

気配すらしない。あるのは霊圧の名残だけ。どうしよう。

「隊長!浮竹隊長!!」

「呼んだか〜?」

間延びした声が背後からした。

見れば、真っ白な髪と見目麗しい顔をびしょびしょに濡らして、隊長が微笑んでいた。

「・・・浮竹隊長。」

「ちょっとやりすぎたか?すまんすまん。」

いつもの調子で悪びれる様子もなく、隊長が私の頭を撫でる。

「どうして・・・」

「朽木を驚かそうと思ってな、ずっと潜ってたんだ。」

苦しかったんだぞーなんて、冗談のように。

洒落にならないくらい動機が激しいのに、隊長の笑顔ひとつで落ち着いてしまう。

いつだってそうだ。

この方の余裕が私にまで伝播して、いつもいつも。

「驚かさないでください。心臓が、止まるかと・・・」

「すまんって言ってるだろ。それにしても、お前の驚いた顔を見るのは楽しい。」

「からかわないでください!」

腕を思い切り振って、隊長の顔面に海水をお見舞いする。

「うわっ!」

隊長は一瞬怯んで、しかし直ぐに目を開けて私を睨んだ。

「隊長に刃向かう奴は、こうだっ!」

顔に海水がかかる。目にしみて、思わずぎゅっと瞑る。

塩水にはこんなにも威力があるのか、なんてくだらないことを考えていた。

間もなくして、目を開ける。

「朽木・・・」

眩しくて、瞳孔が縮まるのがわかった。

隊長の悩ましげな声がする。

陽を遮って、隊長の身体が私の上に影を落とす。

「浮竹、隊長・・・?」

ようやく光に目が慣れたとき、彼の笑顔は消えていた。

何故そんな声で、真面目な顔で。

距離を詰められた。

端整なお顔が近づく。

動けない。まるで四肢の感覚だけ抜き取られたのかのように。

「朽木。」

咄嗟に目を瞑った。

唇を真一文字に結び、肩を竦める。

何をされるか。そんなこと知る由もなかった。

ただ、私が目を開けたのは、唇にこのお方の感触があったから。それが何かなんて。


「・・・お前の大事なものが全部欲しい。」

浮竹隊長のお顔が離れる。

「もう、だいぶ前からそう思っていたんだ。」

碧海に、間の抜けたように桃色の浮輪が浮かぶ。

どうして今なんだろう。

「隊長にあるまじき支配欲だ。部下を、自分だけのものにしたいなんて。」

隊長の腕が私の肩に乗せられる。

眉根の下がった笑顔もやはり眩しくて、思わず目を逸らす。

「接吻の件は謝るよ。でも好きなんだ、朽木が。」

どうして、今なんだろう。

唐突過ぎるせいで涙が溢れる。

慌てて謝る浮竹隊長は優しい。

その優しく伸びる指先は、分け隔てなく差し出されるものだと思っていた。

それが、私のためだけに。

「浮竹隊長・・・私は・・・」

私の涙を拭う隊長の手に触れる。冷たくて、心地いい。

「ずっと、・・・お慕い申し上げておりました。」

隊長は空いている手で浮輪を寄せた。

肌が寸分の隙間もないほど密着する。緊張が伝わるようで、途端に身体が熱くなる。

「それは是、と取って良いのか?」

上から隊長の穏やかな声が聞こえる。

今まで背中を追いかけることで十分だった。

たまに振り返ってくださる隊長の笑顔が好きだったから。

それなのに、こんなに広い胸に抱かれる日が来るなんて。

間近で、こんなに眩しい笑顔で見つめられる日が来るなんて。

「はい・・・。」

「嬉しいぞ朽木!!」

大きな声で隊長が言った。驚いて身を震わせても離れない。

「俺の全部、お前にやる。いらなくったって、くれてやるから。」

遠慮がちに隊長の胸に頭を寄せる。

私だけじゃない。奥底から脈打つ音は大きくて速い。

「お前の全てを、俺に独占させてくれ。」

波飛沫の入る余地さえ与えない。

響めきのその一音も、四囲の目さえ気にならない。

苦しくて声が出せない。だから頷く。

きつく抱きしめられていたから。

嬉しくて、喉の奥、心の底がきゅんと痛んだから。だから、苦しくて。


眩燿する隊長の笑顔から、いつも目を逸らしていた。

心が弾むのを悟られたくなかった。

でも心底では、その光輝を自分のだけのものにしたいと、思っていた。

「隊長・・・」

痴がましい。そう切り捨てていた一縷の望みを、広げてくださったのは。

「十四郎、でいいぞ。」

他でもない。他にはいない。


Fin


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浮ルキの馴れ初めみたいなかんじ。
恋人同士でもないのにいちゃいちゃするのはデフォルトです!


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