言葉にできぬほどの愛情を、自分の全てで贖えれば。


パラドックス


初春の温い風を切って駆ける。

今いちばんに好きなお方のために、瞬歩もろくに使えぬくせして。

「朽木さん!どうしたのー?」

虎徹三席の声がする。見れば庭の小川の向こう岸で手を振っている。

あわてて足を止め、礼をした。

「浮竹隊長がお呼びだと伺って・・・」

三席に聞こえるように声を張り上げた。

「そうなのっ?!いってらっしゃい!!」

大きく手を振って私を見送る彼女に、私は礼をしてまた走り出す。

後ろのほうで三席の御二方の言い争いが聞こえる。

振り返れば、もう今にも花を咲かせそうな桜の大木が見えた。

期待で胸がいっぱいで、私は思わず小さく笑った。


息を整え、緊張で跳ねる鼓動を抑える。

現世へ行っていた隊長との、半月ぶりの対面は、なんとなく恥ずかしい気持ちになる。

しかし会える嬉しさに変わりはない。私は顔を上げた。

ここ雨乾堂を訪れるのも久しぶりだ。

最後に訪れた日はまだ寒く、薄く氷の張った廊下を歩くのに隊長が手を貸してくださった。

よく覚えている。優しい彼の手も、冷たい氷の感触も。

「おーい、いつまでそこにいるつもりだー!早く入れー。」

間延びした隊長の声がする。

上気した頬を冷やす術も無く、私はいそいそと簾を上げ、雨乾堂の中へ入った。

隊長は床の間の前で胡坐をかいて座っていた。

「し、失礼します。御用があるとの連絡をお受けし、参上いたしました。」

「そう固くなるなよ。仕事の話じゃないから。」

浮竹隊長はそう言って、私に手招きして自分のほうへ呼んだ。

私が隊長の前に座すれば、彼の手が伸びて私の頬を包んだ。

「久しぶりだな、朽木。」

彼がいなかったら、どんなに温かくても春にはならない。

今まで足りなかった彼の温もりが、頬から全身に注がれる。

「・・・おかえりなさい、十四郎さま。」

額に、瞼に、頬に、唇に、接吻が降りてくる。

こそばゆくて身を捩っても、腰を掴まれて逃げられない。

やがて気が済んだ隊長は、私の体を軽々持ち上げて、自分の足の間に置いた。

「十四郎さま?」

後ろから抱きしめられて、首筋に息がかかった。

あまりに悩ましげなそれに、心臓が跳ねる。

「たったの半月ほどが、お前に会えないだけで辛かった。」

子供みたいだろ、隊長はそう自嘲した。

「早く一緒になりたいものだ・・・」

独り言つように囁いて、隊長は私の体をしっかり抱きしめた。

いつでも一緒にいられたらどんなに幸せだろう。

でもきっと私はまだまだ未熟で、そんな隊長の夢を叶えられるはずもない。

時間が経てば、彼の望みを叶えられるような女になれるのだろうか。

隊長の固い胸板が背中に当たる。

たったの半月、私も彼も良く耐えた半月だった。


「・・・織姫ちゃんからお前に預かり物があってな。」

私を足の間に置いたまま、隊長は思い出したように言った。

「手紙だ。」

隊長は懐から可愛らしい桃色の状袋をだして、私にくださった。

「井上から・・・?」

何だろう、開けてみれば中には写真が数枚、便箋と共に入っていた。

律儀な子だ。私は嬉しくて少し微笑んだ。

「写真か?どれ、俺も興味がある。」

隊長は肩越しにひょいと私の手元を覗き込んでくる。

腕はがっしりと私の胴に回されたままである。

「私が現世に派遣されたときのものです。懐かしい・・・」

もうずいぶん前のことだ。

写真を取り出して見てみれば、あの頃が思い起こされる。

「お前も学生服を着ていたのか。似合うな。」

嬉しそうに隊長が言ってくださるので、私まで笑顔になってしまう。

「随分と楽しそうにしていたんだな・・・」

写真では制服の一護と私が笑いあっていた。こんな写真、いつの間に撮ったのだろう。

「任務で行った身ですので、それほどまでには・・・」

「いいや、楽しそうだ。」

隊長は珍しく怒ったような声で言って、私の肩に頬を埋めた。

「・・・すまない、大人気なかった。」

静かに隊長は謝った。

嫉妬してくださったのだろうか。一護と、私との仲を羨んで。

もちろん一護と私の間に男女の関係は無い。それは隊長も存知していることだ。

それでも私を大事に思ってくださって、それ故の嫉妬であるなら。

「お前と一護君の間には、俺には断ち切れない絆があるから・・・」

隊長は私の首筋に唇を寄せた。

「たまにそれが羨ましくなる。俺は絆どころか、朽木そのものを貰ってるというのに。」

「十四郎さま・・・」

誰より何より愛しいこのお方に、自分の全てを捧げたい。

彼が望む以上に私の全て、愛も貞操も鼓動も未来も全て、捧げたいと思った。

「朽木・・・ああもう、言葉などでは言い表せないほどだ。」

振り返って彼の首に腕を回す。

この人のために生きたくて、未熟な心が先走る。

「愛している。こんな陳腐な言葉でしか表現できない、でも愛してるんだ。」

ぎゅう、と抱きしめられ、幸せで声も出ない。


粋な措辞で私を口説いたかと思えば、子供のように嫉妬をする。

慣れたように口付けたかと思えば、会えぬ時間を嘆く。

そんな矛盾で陶酔させる。

策略なのか、天然の性なのか。でも、そんなことどうでもいいくらい。


優しい言葉を紡ぐ、その唇に口付けた。

私の想いも体温も、言葉の代わりにすべて伝わればいい、そう願って。


Fin

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久しぶりな感じで。
浮ルキ以外ももっとがんばりますので!


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