現在の彼女自身を育んだその全て。


そうだ、苦痛にさえも悲哀にさえも。


好きと結婚の等価性 8


夜もだいぶ深まってはいたが、お互い握る手を離せずにいた。

朽木を家まで送るのが俺の役目だが、一向に屋敷が見えないのは気のせいじゃない。

お互いの足が遠回りを繰り返してる。まるで若者同士の逢瀬のようだ。

朽木の腕は俺の腕に遠慮がちに絡まり、寄り添うように体が近付く。

もう俺は若くないはずなのに、何十年経ってもこの少女に惑わされるんだ。

結婚したって子供ができたって決して慣れることは無いであろう二人。

いつまでも若いままでいる運命にあるのだろうか。

「明日、山本総隊長のところへ挨拶に行こう。」

朽木は俺の顔を見上げ、微笑んで頷いた。

「それから今後の詳しい予定を決めよう。な?」

善は急げだ、この子の兄貴だって手っ取り早く何もかも決めてしまうだろう。

朽木の白無垢姿なんて目にしたら、それだけで彼は泣いてしまうかもしれない。

赤毛の青年はどうだろう、ああ彼は冗談にならないな。

「どうしたのですか?そんなに嬉しそうにして。」

朽木に問いかけられる。

それほど自分の想像で頬が緩んでいたらしい。

「式でお前の兄貴が泣いたら大騒ぎになるだろうと思ってな。」

少女はおもしろそうに小さく笑った。

そんな少女が白無垢なんか着て、紅を差して髪を結って。

一人前の大人の女のような振る舞いで白哉に拝謝したりするんだろう。

あえて上司としての立場から朽木を見たならきっと、俺が泣いてしまう。

いつのまにやら大人になった少女を見て。

「兄様には・・・どれほど感謝しても足りぬくらいです。」

朽木が呟いた。

愛情など微塵も感じずとも、白哉に対して尊敬の念を忘れたことは無い。

そんなこと初めからわかっていた。

耐えた子は報われる。兄の反省は迷いに終止符を打った。

兄妹の愛情はこれから埋めてゆけばいい。

「それから一護。」

たったの数ヶ月、俺の元を離れた朽木が連れ込んだ少年だ。

俺からすれば赤子のような子だった。でも脆い少女を救ってくれた。

一護君のまっすぐ朽木を射抜く目が、俺の入り込めない絆を作る。

俺と朽木の結婚を聞いたらどんな顔をしてくれるんだろう。

「・・・恋次にも。」

朽木の瞳は揺れない。強い子だ。

雨はいつの間にか止んでいた。

いつか阿散井君の感傷が俺らの糧となる日が来るのだろう。

失くしてはならない、拒んではならない、無駄にするのは許されぬ。

彼のお陰で朽木は強くいられる。

「・・・・。」

朽木の感謝の回顧が途切れた。

そうか、あの男を思い出して、いや彼女は片時も忘れたことなんてないんだろう。

その彼への心苦しさに苛まれている、そんな少女の表情を見てただ立ち尽くす。


今まであの部下が死んでから、朽木のことを何度躊躇っただろう。

少女が、奔放で強いあの男を敬慕していたのは誰の目にも明らかだった。

「海燕殿・・・」

朽木が彼の名前を呟いた。

そんな顔をして、そんな声をして。

癒されぬ彼女の傷を前にして何もできない。俺はいつも無力だ。

ごめんな、全部俺のせいだよ。

「あの方は、私が結婚すると知ったら笑うのでしょう。」

朽木は俺の顔を覗き込んで、困ったように笑った。

心痛に満ちたその顔が和らいで、いつもの朽木が俺を安心させた。

どれほど謝ったって俺は許されない。

だから感謝する。少女が強くなれる言葉で感謝する。

ありがとな、俺はいつもお前に救われてばかりで。

「あいつにも報告に行かないとな。」

やることはたくさんあるし、結婚に酔う時間なら後でたっぷり取れるんだ。

とりあえず今はこの小さな手を離して、兄貴の元へ帰してやろう。

でもその前に一度だけ。

ルキア、女の名前を呼んでその目を見つめる。その名を呼んだのは初めてだ。

彼女は驚いたように目を大きくさせて一言、返事をした。

その声も表情も言葉も時間も心も俺だけのものになる。

ほかのどの女より、比べられぬほどにいい女なのに俺が全部もらう。

そう考えただけで胸がいっぱいになって口付けた。

俺のすべてを捧げるように、明日も明後日も、その先も一緒なのに強く。


その夜、俺は久しぶりに泣いた。

縁側で一人、冷たい外気を浴びつつ酒なんか飲んで静かに泣いた。

懺悔しなければならないことが多すぎる。それに今更気づいてしまった。

世界で一番大事な女を、昔も今もそして未来永劫苦しめるのはこの俺だ。

何度謝ったって許されないし、時はそれを解決できない。

それでもあの子は俺といて幸せでいてくれる。

だからもう決して朽木を躊躇わない。

もう決して朽木を泣かせない。

どんなに老い先短くとも放してたまるものか。


冷たい夜の風が一筋吹いた。

少女に負けぬよう、涙を拭って背筋を伸ばす。

もう行き着く場所は俺の元だけ、あの子に帰る場所はない。

それなのに怖じないあの子に見合う夫であるよう。


Fin

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完結しました。
最後まで読んでくださったみなさま、どうもありがとうございました。


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