あの子が欲しがったものは、何より俺の幸せだった。


好きと結婚の等価性 7


この子には俺の言葉も、傍に居る時間も、長い間我慢させてきた。

それでも俺を諦めないで待っていてくれたのは、他でもないこの子だった。

辛い思いをした分、人の痛みの分かる少女。

弱いままでもいいのに強くなってくれたんだな。

「今まで辛い思いをさせたな。」

慈しむように彼女の髪の毛を撫でる。

「俺の目の前で泣かせることが多かった。」

その涙の跡さえも拭ってやれなかった。

笑顔に惚れたはずなのに、俺の前でこの子はいつも泣き顔だった。

「・・・すまなかった。」

「そんな・・・」

朽木は俺の腕に触れて顔を覗き込む。

心配するような面持ちだ。そうやっていつも他人のことばかり。

「そんな顔しないでくれ、胸が痛む。」

朽木の顎を持ち上げて口付ければ、その顔が幾分か和らいだ。

俺の幸せは、この子にとっての幸せでもあるんだろう。

俺を幸せにするためにこの子は決意したんだ。

親友の拳で、お前の涙でやっと気付けた、こんな俺を許してくれるのか。

「十四郎さま、」

抱擁を求めるように朽木が腕を伸ばした。

涙で濡れた顔を必死になって隠そうとする仕草。

俺は身をかがめてそっと抱きしめてやった。

「人を好きになることはその倍悲しむことです。」

くぐもった声で朽木が言った。

「流した涙は全て、十四郎さまへのお気持ちです。」

「朽木・・・」

俺のために何もかもを捧げてくれた。

悲しみも、苦痛の涙も俺のために背負い耐えてきた。

今度は俺がお前のために全てを捧げる番だ。

「俺のためにしてほしいことが、あと一つだけあるんだ。」

朽木が顔を上げた。

雨音も、冷たい空気も、皆俺たちのためだけにあるかのようだった。

「改めて言う。結婚してくれ。」

朽木の瞳からは大粒の涙が零れ落ち、しばらく俺を見つめていた。

固まって動けない彼女の足元に片膝をついて、その細腕を取る。

「十四郎さま・・・」

俺はその声に応えるようにして何度も腕に口付けた。

「こんなの柄じゃないだろ。でもそれくらいお前を愛してる。」

腕を放して朽木の顔を覗き込む。返事はどうだ、促すように見つめてやる。

「い、至らぬ点も数々ですが、どうかよろしくお願いいたします。」

そう言い終わらないうちに、朽木が俺の元に飛び込んできた。

俺は体勢を崩して隊舎の玄関に倒れこんだ。

朽木は狼狽し立ち上がろうとしたが、俺はその腕を引いて彼女を抱きしめた。

「しばらくこのままでいたい。」

俺は履物を履いたまま、薄暗い玄関の冷たい床の上。

幸せそうに笑う、何より一番好きな女を自分だけのものにする。

少女の幸せは俺が守ろう。

俺は朽木を抱きしめる腕を強めた。


離れがたいその身を離し、執務室へ入れば隊員たちの祝福が待っていた。

俺はなんとなく霊圧に気付いてはいたが、三席の二人に一部始終を見られていたようだ。

朽木は突然の祝福に驚いたようだが、俺の脇に寄り添って笑っていた。

俺はお似合いだの何だのと、囃す声に応えるように朽木の肩に腕を回す。

女性隊員の羨望の声、朽木の照れたように謙遜する言葉。

それでも一生を約束した女の声は凛として、覚悟が窺い知れた。


俺を囃し立てる死神達や、膨大な仕事から解放されようやく帰ることが出来そうだ。

雨乾堂を出て朽木の様子を見に行くと、彼女も帰宅の準備をしていた。

「お疲れ、朽木。もう帰るのか?」

声をかけると、途端に笑顔になって俺のほうへ駆け寄ってきた。

「はい、仕事も片付きましたのでそろそろ・・・」

「なら俺も帰るところだ。行こう。」

朽木は頷いて、当然のように俺の後ろを三歩下がってついてくる。

妻としての役目を果たせ、白哉の教えたそれを素直に体現して。

そんな風に俺の身を立てたって意味はないんだ。

「いいか朽木、よーく聞くんだ。」

幼い子を諭すように、その目線までかがんで両肩に手を置く。

朽木は困ったようにその肩を緊張させ立ちすくんだ。

「俺の後ろを歩くな。」

突き放すような言葉に朽木の瞳が一瞬彷徨う。

覚悟を決めたはずなのにと、俺を揺ぐ大きな瞳で見つめる。

わかってる。だからよく聞いて、その覚悟を俺のために疑ってくれるな。

「俺の隣で手をしっかり握ることだ、わかったな?」

いつまでも恋人気分ではいられない、それくらい知ってるさ。

白哉の気遣いだって俺には勿体無いくらい嬉しいものだ。

しかし俺が望む朽木の姿は芯の通った女で、誰かの影に隠れるようではいけない。

未来を見据える瞳も惚れた笑顔も、俺の隣で輝けばいい。

俺の妻になるということはそう言うことなんだよ。

「・・・はい。」

大きな瞳を涙なんかで輝かせて。この子はどれほど泣けば気が済むのか。

それでも嬉しそうに俺の手に自分の手を添えている。


好きだから結婚する。

それ以外に何の理由があると言うのだろう。

好きと結婚の間には、どんな事情も挟まれてはならないのだ。

将来の幸せは、好きと結婚の間の純粋さで決まる。

今ならよくわかるんだ。


To be continued

もう少しだけお付き合いください。すみません・・・