義兄の心を揺らす。青年を慟哭させる。
好きと結婚の等価性 5
ほとんど無理矢理と言っていいだろう。
一方的な誘い方ではあった。
しかし何とか白哉と約束を取り付けることが出来た。
仕事終わりに瀞霊廷内の飯屋で落ちあう予定だ。
行きつけの店に貴族である白哉を誘うのは憚られたが、背に腹は変えられぬ。
白哉も文句を言わないので自分の中で良しとした。
朝議を終え、隊舎を出たところで京楽に声をかけられた。
俺を殴ったことを忘れたかのように、へらへらと笑っている。
「やあ浮竹、調子はどうだい。」
「ああ、おかげさまで。」
不機嫌そうに言ってやると、京楽はごめんねと謝った。
そして俺の肩に手をかけ声をひそめるように話す。
「その様子だとどうやら君、決心したようだな。」
決心とは朽木とのことを言っているに違いない。
京楽はお得意の流し目で俺を見て答えを促す。
「・・・あの子の本当を見たら、どうしても欲しくなってしまったんだ。」
そう答えると京楽は恍惚としたため息を吐いた。
「いいねぇ、君ら。」
「なあ京楽。」
未だ恍惚とした表情で、彼はまた俺を見る。
「ありがとな。」
親友がいなければ朽木の強さに気付けなかった。
殴られて良かった。朽木の涙を無駄にしないで済んだから。
「・・・気にしなさんな。」
彼は俺の背中を軽く叩いて優しく微笑んだ。
そして、恋が恋を呼ぶ、とか妙な台詞を吐いて自分の隊舎に戻っていった。
俺が執務室に戻ったころには隊員たちは、すでに仕事を始めていた。
まだ俺に対して不信感を募らせている隊員も居るようで、挨拶はまばらだ。
朽木を見ると、彼女は膨大な量の書類に目を通しているところだった。
病み上がりだというのに彼女の逞しさには、毎度のことながら感心する。
朽木は俺に気付いて一瞬緊張したような面持ちで固まった。
しかし俺が笑いかけてやれば、朽木もつられて微笑んだ。
それに気付いた隊員たちが驚いたように、俺たちの顔を交互に見ている。
気にならなかった。
朽木のことを重荷だと感じないからだ。
人生の伴侶とするならば、もう迷ってはいけないからだ。
迷ってはならない、しかし不安はあるものだ。
仕事を終えて雨乾堂を後にする。
陽がだいぶ傾いていたが、昨夜ほどの冷え込みではなかった。
春も近いらしい。俺ははめていた手袋を取った。
執務室を覗くと、まだ仕事を終えていない隊員たちの視線が集まった。
好奇の目である。
きっと詮索に耐えられなくなった朽木が、全て吐いてしまったんだろう。
俺と目を合わせないように必死で下を向いている。かわいい子だ。
「朽木、ちょっと。」
顔を上げた彼女に手招きをして呼ぶ。
もはや執務室にいる全ての隊員が手を止めて、俺たちを見ている。
逆らえない朽木は、素直に俺の方にやってきた。
執務室から出て、隊員たちに声が聞こえないところで立ち止まる。
「申し訳ありません、どうしても嘘を突き通せなくて・・・」
「構わない。どうせいつかは知られるんだ。」
申し訳なさそうに俯く朽木の頭を撫でてやる。
「・・・今から白哉と呑んでくる。」
白哉、と聞いた途端朽木が顔を上げた。
自分の不安を伝えたいのだろう、でも言葉にならない。朽木のそんな顔。
「心配するな。あいつもきっとわかってくれる。」
おざなりな言葉を吐いてあやすように、彼女の肩を撫でる。
義兄の存在はいつまでもこの子の中では大きいのだろう。
昔と違ってあんなに丸くなったのに、彼女は今でも白哉を畏れる。
「じゃあ、行ってくる。」
額に口付けてやると、ようやく朽木の表情が和らいだ。
いってらっしゃいませ、小さな声でそう聞こえた。
俺が飯屋に着いた頃、すでに白哉が到着していた。
店の奥に案内され、引き戸を開け中を覗くと白哉が正座しているのが見えた。
慌てて履物を脱いで座敷に上がる。
「遅れてすまんな、俺が誘ったのに。」
「構わぬ。」
白哉の正面の座布団に胡坐をかいて座る。
そして運ばれてきた酒にをすぐさま白哉の猪口に注ぐ。
「・・・用件は何だ。」
早速白哉が切り出してきた。
どうせこの男には誤魔化しも何も通用しないのだ。
俺は咳払いを一つしてその場で居住いを直す。
「お前の妹と結婚させてほしい。」
白哉の霊圧が明らかに揺れた。そして更に強くなる。
殺気にも似たそれに俺は若干身震いするが、恐れてはいけない。
「病気のせいで苦労をかけるが、絶対に幸せにする。」
頼む、そう言って俺は目を伏せた。
「・・・私の前で、ルキアはいつでも不幸だった。」
白哉が口を開いた。
殺気が消えた、それでも霊圧の揺れはまだ消えない。
「傷は癒えぬ。せめて兄らしくしてきたつもりだ。」
珍しく白哉がため息を吐いた。
「白哉・・・」
不安が思わず俺の口を突いて出た。
「もう微塵も不幸を感じさせてはならない。苦痛の涙は一滴すら流させるな。」
霊圧の揺れが消えた。彼に迷いは存在しない。
「ルキアを頼む。」
義兄の揺れを見た、それほど大事にされた子は俺の嫁になる。
もう後には退けない。
「ああ。」
その後の俺と白哉は友好的に飲み交わし、気まずい空気は流れなかった。
白哉と別れ、ほろ酔い気味でふらつく足が帰路を行く。
ふと細い川の上に架かった橋の上を見ると、人影があった。
酔っていても分かった。俺を恨む青年。
手すりにもたれ掛かって流れる川を眺めている。
彼への遠慮も、結局は朽木に打ち砕かれてしまった。
しかしどこかで、彼に負い目を感じていた。
どうせ後には退けないんだ、だから。
あの青年にも伝えよう。
何かを失っても、未来の幸せには変えられないんだ。
To be continued