大事にしたい、だから決意する。


好きと結婚の等価性 4


青白い顔の少女、心配で動悸が激しい。

女のことになると冷静でいられなくなる。若いな俺もまだ。

布団の上に横たわった彼女の、額に浮かぶ汗を拭ってやる。

申し訳なさそうに眉根が下がった。

こんな時でもまだ俺を尊敬していてくれるらしい。

雪だるまで伝えようとした何かが分かったような気がした。

あの時の朽木の迷いを、心痛を、そして変わらぬ恋慕の情を。

雪だるまに媒介させた、愛してるの一言。

「氷嚢を取ってきてやるからな。」

耳元でそっと囁いて立ち上がろうとすると、朽木の手がそれを拒んだ。

「隊長にお伝えしなければならないことがあって・・・」

俺は黙ってその場にもう一度腰を下ろした。

二日前と同じ光景だ。


「・・・病気は幸せの障害にはなりません。」

朽木が涙でいっぱいになった目で俺を見て、はっきりと言った。

「・・・だが、」

「私は隊長の病気も含めて愛しています。」

俺の反論を遮るようにして朽木は続ける。

涙が頬を伝って布団に染み込んだ。

相当の覚悟を注ぎ込んで放たれた言葉に俺は酔った。

女の涙を拭いてやるのが弁えた大人だが、それができない。

「隊長に守られた分、お守りしたいのです。」

そんなふうに殺し文句で俺を揺らす。

計算されたようで、でもそんな大人の駆け引きを朽木は知らない。

知らないままでいてほしい、だから自由な少女の未来を奪えない。

でも俺だけの女になってほしい。

俺のために飯を作って掃除をして、そして俺の子供を産んでほしい。


「本音を言えば・・・」

俺は朽木の覚悟を見習って口を開いた。

しっかり彼女の目を見て子供のように、ゆっくり言葉を紡いでゆく。

「俺と結婚してほしい。」

朽木の目からまた涙がこぼれて眉間を通り布団に落ちる。

それでも聡明な女は黙ったまま、俺の話を聞いていた。

「でも結婚すれば、俺の病気に束縛されることになる。お前は若いのに。」

特にお前は優しいから、そう付け加える。

「・・・お前を諦めない奴に示しが付かないだろう。」

朽木の目が不安げに揺れた。

阿散井君の怒りに震える拳を思い出した。

朽木を泣かせたら彼の一途な気持ちが無駄になる。


「十四郎さま、お顔を上げてください。」

今まで黙っていた朽木が言葉を発した。少し掠れた声。

顔を上げて朽木を再び見る。

「束縛してください。そのために結婚したいのです。」

朽木が小さな両手を伸ばして俺の手の甲を撫でる。

「病気からあなたをお守りできるなら、苦労も面倒も全部幸せです。」

泣いているのに目元は微笑んでいる。

少女のような愛らしい仕草、それなのに俺を守ると言った。

この子を嫁にできたら。

「朽木、好きだ。愛してる。」

俺の手に添えられた小さな手の甲に口付ける。

朽木を見ると恥ずかしそうに、でも幸せそうに笑っていた。

まだ流れる涙をすくって瞼に、額に、頬に、唇に口付ける。

いい歳した男だが浮かれてしまう。

しかし理屈では語りつくせない、これが幸せだった。


  窓を開ける音で俺は目を覚ました。

一晩中隣で介抱していた朽木の姿は無く、布団が綺麗に整っていた。

顔を上げると朽木が開け放した小窓から身を乗り出して、外を眺めていた。

もう風邪は治ったのだろうか。爪先立つ足は裸足である。

起き上がろうとすると俺の背中から白い外套が落ちた。

「浮竹隊長、おはようございます。」

俺に気付いて朽木が近寄ってくる。

「おはよう。もう平気なのか?」

「はい。ご迷惑をお掛けしました。」

いいから、と言って俺は朽木を引き寄せて抱きしめる。

風呂に入ってきたようで、朽木の髪はしっとりと濡れていた。

「乾かさないとまた風邪をひくぞ。」

億劫だとか言うんだろう。この子はいつも自分のことに無頓着だ。

つむじに口付ける、毛束を取って何度も口付ける。

朽木は俺の脇から腕を回し、背中にしがみついている。

「もうすぐ朝議がはじまりますから・・・」

くすぐったそうに身を捩じらせて朽木が言う。

「あと一分、いいだろ。」

耳元でそう囁いてやれば彼女は素直に頷いた。


風呂に入り髪を適当に乾かした後、足早に一番隊舎へ向かう。

そろそろ朝議も始まる頃だ。遠くで鐘が鳴っている。

隊舎に近付いたところで後ろからあの男の気配がした。

そのただならぬ雰囲気に、俺は思わずそれを振り返った。

「・・・白哉じゃないか!おはようさん!」

片手を上げ笑顔で挨拶をしてみるも返事はない。

かわりに義妹とは違う切れ長の目で睨まれた。

「そんなに睨むなよ。ほら、遅れるぞ!」

また歩き出そうとすると肩を掴まれた。

「ルキアが帰ってこなかった。貴様の仕業か。」

これほどまでに怒っている白哉も珍しい。霊圧が揺れているのがわかる。

「・・・いや、隊舎に泊まったんだ。風邪がぶりかえして・・・」

「貴様も一緒に居たのだろう。ルキアに何をした。」

白哉の霊圧に波があろうとも、俺は揺れなかった。

決意だ。

あの子がしたように、俺も今から決意する。

「今夜空いてるか?」

「何故だ。」

唐突な質問に白哉は訝しげな顔をする。

「久しぶりに呑もう。・・・俺とお前で、お前の妹のことを話そう。」


好きだから泣かせた、でももう好きだから泣かせない。

俺の中で幸せの方向が定まった。


To be continued