幸せであってほしいのに、誰かに託すのはごめんだった。
好きと結婚の等価性 3
結婚だけで、幸せは定まるものではない。
それは一番典型的な、幸せを得るためのただの手段でしかない。
例えば好きな女との幸せを思った時に、二人は常に平等なわけで。
どちらかが自分を犠牲にしてそれを購うことはないのだ。
俺が朽木と結婚したとして、あの子に全てを購わせてしまうだろう。
そんなの、あの子の描く幸せとは程遠いのに。
京楽に殴られた頬が痛い。
一度は治まった痛みが夕方ごろになるとまたぶり返してきた。
あいつも容赦なく殴ったものだ。
それほどの痛みなのだろうか。
泣くほど痛い思いをしているのだろうか、朽木は。
雨乾堂の外の手すり、先ほどまで雪だるまのあった辺りを眺める。
微かに残った朽木の霊圧が俺を悩ませる。
俺はしばらく机に肘をついてその辺りを眺めていた。
次に雪が降るのはいつだろう。その時は一緒に居られるだろうか。
自嘲気味に笑って、俺は残りの仕事に取り掛かった。
陽はすっかり暮れて、執務室に隊員の姿はほとんどない。
やっとのことで仕事を終わらせた俺は、帰ろうと立ち上がった。
夜になると冷えが酷いのでしっかりと着込む。朽木に注意されたことだ。
朽木はまだ居るだろうか。雪だるまの真意を聞いてみよう。
執務室を覗き込むと朽木の姿は見当たらなく、かわりに隊員の視線が刺さった。
「・・・おつかれさまです。」
気の無い言葉がぽつりぽつりと聞こえた。
「あ、ああ。ごくろうさん。」
俺はそのまま執務室を抜けて廊下に出た。
「隊長、待ってください。」
執務室の隊員から呼び止められた。
俺は何事かとそこへ戻る。
「お客様が見えてますよ。」
そう言って隊員が指したのは応接間だった。
「誰だ、こんな時間に。」
隊員は肩をすくめてみせる。
呆れたような顔がなんとなく、嫌な予感を呼び起こした。
渋々手袋をはずし、応接間への扉を開けた。
やはり、その予感は当たったようだ。
「阿散井君か・・・」
阿散井君は俺が入ってくるのを見て、立ち上がった。
「お疲れ様っす。」
俺は手で彼に座るよう合図して、自分も座った。
すぐに隊員がお茶を持ってきてくれた。
「・・・で、何の用かな。」
できるだけ平静を装ったが、阿散井君の発する殺気に背筋が張った。
だが、朽木の恋人はあくまでも俺だ。負い目を感じるはずも無い。
「いいんすか。」
たくさんの意味を込めた疑問の言葉だ。
彼の霊圧が机上の湯のみを震わせている。
恐れを知らない若者らしい。女のためだけに動く。
「だめに決まってるだろ。」
笑顔で答えてやるが、逆に阿散井君の逆鱗に触れたようだ。
彼は拳で机を強く叩いた。湯のみが床に落ちて派手な音を立てる。
「だったら何で泣かせるんだよ!」
「落ち着け。」
阿散井君の震える拳を眺めて言う。
俺の心は意外にも冷静であった。
「俺があいつを幸せにします・・・」
今にも泣きそうな震えた声、それでも力強い目で俺を睨んでいる。
大胆にも朽木の恋人である俺にそう宣言してくれた。
「頼もしいな。」
相変わらず微笑んだままの俺を、赤毛の若者は睨み続けていた。
阿散井君の気が済んで、彼が帰った時には執務室に人の姿は無かった。
外は風が強く吹いていて、執務室の窓を揺らしていた。
俺は外套を着込み、手袋をはめて隊舎を後にした。
外の空気は冷たく、薄暗い瀞霊廷に風の吹く音が響いている。
雪解けの水溜りを避けながら歩き出す。
ふと俺の足が止まった。
俺の大切に思う弱い霊圧、気配さえも愛おしいのはなぜだ。
辺りを見回すとその気配の根源はすぐにわかった。
「朽木!」
名前を呼びながら植え込みの辺りへ駆け寄る。
彼女は真っ白な外套を着、吹きすさぶ風から身を縮めて守っていた。
うずくまって伏せていた顔を上げ、俺を見る。
暗闇でもわかる潤んだ瞳を見て、思わず俺も身を屈め彼女を抱きしめた。
二人分の外套越しに伝わる体温がやけに高い。
「・・・朽木?」
声をかけても反応は無い。
朽木は走った後のように、速い呼吸を繰り返してる。
「大丈夫か?!おい、朽木!」
虚ろな目で俺を見る。瞬きでもしたら何もかも消えてしまいそうだ。
朱に染まった頬を包み込むと、朽木は俺の首に腕を回してきた。
「寒い・・・」
俺は朽木を抱えて立ち上がった。
「しっかりつかまっているように。」
風邪がぶり返してしまったのだろう。
朽木を抱えたまま瞬歩を使って隊舎へ急ぐ。
こんな冷えた夜に待っていたのは俺なのか。
苦労すると分かっているのに、結婚を急く理由は何だ。
血気盛んなあの若者を選ばない理由を、雪だるまに込めた感情を。
京楽、この子の本当を今から見てくる。
To be continued