今まであの子をちゃんと見てきた、つもりだった。


好きと結婚の等価性 2


朽木に泣かれてから二日経った。

やはり強い女であるので、彼女の風邪はもう治っていた。

しかし朽木は俺の弁解に耳もくれず、気まずい関係が続くばかりである。

誰にもこの不毛なやりとりは断ち切れず、部下にも見て見ぬふりをされてしまった。

兄貴の方にも睨まれてしまうやら。

朽木を泣かせた一件は、隊外でも噂になっていて俺は完全に悪者だ。

彼女は俺を擁護せず、むしろ拡大した噂を全て認めているようにも見える。

優しく温厚で柔和な隊長が、かわいい女を泣かせる冷酷無慈悲な男に成り下がった。

四面楚歌とはこのことである。

さて、どうしてくれたものか。


重たい空気の執務室を、冷たい目で見られながら抜ける。

いつもの、おはようございます、の声が無い。

こんなにどんよりとした朝があっただろうか。

朽木に目をやれば、彼女は黙々と仕事をこなしており、俺には目もくれない。

俺の方を向け!

心で念じてみても向くはずも無い。惨めになるだけだった。


今日も雪が朝から降っている。

屋根のない雨乾堂への渡り廊下には雪が厚く積もっている。

数年前の冬、こんな風に雪が降った朝、ここで朽木が雪だるまを作ったのを覚えている。

まっすぐな長い廊下は雪球を転がすのに適しているんだろう。

耳が真っ赤になるほど夢中になって、彼女ははしゃいでいた。

かわいい女だった。もちろん今でも愛らしい女だが。


ごめんな、でも結婚というのは簡単に扱える問題でもないんだ。


昼になると雪はもう止んでいて、かわりに陽が出ていた。

飯でも食いに行こうと重い腰を上げて、雨乾堂の簾を上げる。

廊下の雪は陽に反射して光っている。すぐ解けてしまうだろう。

(京楽でも誘っていくか。)

俺は八番隊の隊舎へ向かった。


廊下を歩くだけで、なんとなくそこの空気が冷たくなるのが分かる。

噂好きの女性隊員たちは俺を見て、声を潜めて話し出す。

瞬歩を使えばよかったと後悔していると、聞きなれた声が階下からした。

思わず窓から下を見れば、雪の薄く積もった庭に男女が話し込んでいた。

一人は朽木、そしてその真っ赤な髪の持ち主は阿散井に違いなかった。

阿散井は照れたように頭を掻き、締まりの無い顔で笑っている。

朽木も満更でもなさそうで、頬を紅潮させ男から目をそらした。

俺と話しているときと変わりないんだな。

そんなふうに拳を握って、肩を緊張させて。

けれどこんなに自然に見えるのは、二人の間に壁がないからだ。

つまりは似合ってるということだ。

積もった雪も、周りの木々も喧騒も、二人のためにあるようで。

そっちのほうが朽木は幸せそうだった。


重たい足取りで京楽を訪れると、彼は呑気に弁当なんか食っていた。

「噂の色男が来たよ。」

隣に行儀よく座っている伊勢にそう言ってにやにやと俺を見てくる。

伊勢はそれを咎めるが、京楽のその笑みは消えない。

「まあここに座れよ。今日はどうしたんだい。」

伊勢は立ち上がって何も言わず、茶を汲みに行く。よく気が利く女子だ。

「いや、飯にでも誘おうかと思ったんだが・・・」

「ああごめんね、今日は弁当を頼んだんだ。」

京楽がそう言った横から手がのび、俺の前に茶と弁当が置かれた。

「どうぞ。」

伊勢がそれだけ言うと奥へ下がっていった。

「どうだい、いい子だろ七緒ちゃんは。」

「いいのかこれ?」

構わないさ、と京楽が言った。

「それで、どうしたんだい。」

出された茶をすすり、一息ついたところで京楽が聞く。

弁当の蓋を開けると、うまそうな匂いが漂ってきた。

「大体のことは知ってるけどねぇ、何でもっと早く来なかったの。」

足を投げ出して彼は机に肘をついた。

「幸せにしてやれる自信が無いんだ。」

「・・・弱気じゃないの。」

「弱気にもなるさ、誰より好きな女だからな。」

京楽が横から冷やかしてくるが、俺は箸をすすめた。

うまい弁当だ、今度十三番隊ででも頼んでみよう。

「浮竹らしくないねぇ。」

「あの子を幸せにできる男なら、他にもちゃんといるからな。」

京楽の体がゆるりと動いた、と思った途端、頬に痛みが走った。

殴られたのか。俺は何事かと京楽を見た。

「君は昔から女のことには疎いんだから。」

頭がいいくせに、京楽が付け加える。

「な、痛いじゃないか。」

頬を押さえると痛みが走った。

「どうせ阿散井くんとか、病気がどうのとか言うんでしょう。」

今は感心している場合ではないが、さすがは親友だと思った。

「ルキアちゃんの本当を見てないね。一度自分で見てごらんなさいよ。」


八番隊隊舎を後にして俺は自分の職場に戻っていった。

朽木の本当とは何だろう。

俺はそれを見たとき、朽木に何をしてやれるのだろうか。

ふと雨乾堂の渡り廊下で顔を上げると、向こうの手すりの上に何かが乗っていた。

雪解け水が足袋にかかるのも厭わず、俺はそれに近寄る。

手すりの上に乗っていたものは、解けて形は歪だが間違いなく雪だるま。

誰の仕業だろうと考える暇もない。


あの子の本当を見てやろうじゃないか。


To be continued