愛情は将来の幸せを保証しない。



好きと結婚の等価性


雨乾堂の床の間に、布団が敷いてある。

窓の外を見ればいつの間にか雪が降り始めていて、向こうの屋根に薄く積もっていた。

布団の中の人物もそれに気付いているようで、曇った窓を擦って外を見ていた。

「寝ていたほうがいいぞ。」

俺が声をかけると、窓を擦っていた腕は布団に戻った。

こちらに背を向けている状態なので、表情がわからない。

「具合はどうだ。寝付けないのか?」

「雪が降っていたのですね。」

鼻声で言葉が返ってきた。

俺は読んでいた書物を机に置いて膨らんだ布団に近寄る。

「寒いか、もっと暖かくしてやろう。」

「いいえ、大丈夫です。」

「そうか。」

女の顔が見える位置に移動して、そこに腰を下ろす。

青ざめた肌も唇も美しいのだが、辛さが分かるので同情する。

自分の掌を彼女の額に当てて具合を量るが、まだまだ熱は引いていない。

「かわいそうに。」

彼女は申し訳なさそうに笑っていた。


隊舎のほうから女性隊員たちのはしゃぐ声がする。

「もう昼休みか。」

暗いから分からなかった、と付け加えると朽木も頷く。

冷たい指先を握ってやれば彼女は力なく微笑んだ。

風邪ひくなよと、今年になってから散々言っていたのに。

いつもと逆になってしまった構図だが、それはそれで仕方ない。

「風邪をひく前に、恋次が・・・」

朽木が思い出したように口を開いた。

阿散井の名前が聞こえた。俺の嫉妬心を煽ろうとしているのだろうか。

「今年こそ私を手に入れたい、そう言ってきました。」

「なんだそれは。」

呆れたように笑ってみせるが、朽木は俺の目をただ見ていた。

「わかっているくせに、そうやっていつもはぐらかされます。」


もちろん俺は朽木のことなら何でも分かっている。

だから阿散井の決意も、朽木の言った言葉の意味も分かる。

でも朽木の望むことをしてやれないのは、結果が目に見えているからだ。

結局、俺はいつも朽木に辛い思いをさせてしまう。

「ごめんな。」

少し前にこうやって謝って、彼女に殴られたのを思い出した。

去年の暮れだ。痛みもまだ覚えている。

そりゃそうだよな、自尊心も気持ちも全部含めて朽木を傷つけたからだ。

「すまない、朽木。」

朽木がそれで済むのなら、また殴られたって構わない。

彼女は押し黙ったまま動かないので、俺は口付けるために顔を近づけた。

「謝られるのが一番辛いです。」

弱々しい力で朽木は俺の肩を押した。

彼女の目尻から涙がこぼれて布団に落ちていった。

「だけどな、朽木・・・わかってくれよ。」

結婚しよう、と言ってほしいんだろう。ずっとそれを望んでいたんだろう。

けれど、俺と一緒になったって幸せになれないぞ。

この病気のせいでお前は他の女の百倍は苦労する。

今だって気付いてるんだろ。

「わからないから・・・泣いているんです。」


雪が止まない。どんどん強くなっている。

朽木が泣き止まない。涙をすくってやることもできない。

「好きだよ、朽木。」

好きだからいつも泣かせてしまうな。

何度も何度も分からずやだと言われてしまった。

「好きだから面倒も辛労もかけたくないんだ。」

こればかりは譲れない。


ごめんな。


To be continued