小さな後姿なのに母かと見誤った。


いや、いずれ俺の子を産む母ではあるが。


少女が抱いた煩慮


この頭痛の種類は二日酔いか。

気付いたときにはもう遅く、俺は布団の中で目を覚ました。

何しろ夢の中でさえ頭が痛かったのだ。

昨夜、よほど飲みすぎたのだろう。それにしても記憶がない。

第一どうやってこの家に戻ってこれたのだろうか。

まさか一人で帰れたわけはない。

ましてや布団をきれいに敷く体力は残っていなかっただろう。

誰か、考えるほどのことでもない。あの子だ。


家で朝を迎えるのは久しぶりだった。

三席の二人には反対されるが、最近は隊舎に泊まることが多い。

破面の件やらで忙しすぎて家に帰っていられないのだ。

今日もあまりゆっくりはしていられないはずだ。

職場に戻れば手付かずの仕事が山積みになっている。


居間の食卓には朝食がすでに並んでいる。

いつか俺が秋刀魚を食いたいと言ったのを覚えていたようだ。

かわいい女め、まるっきり疎そうな目をして。

台所を覗くと俺の気配に気付かぬままの朽木が忙しなく動いてる。

「おはよう。」

重い体を柱に寄りかけて、後姿に声をかける。

肩を一瞬強張らせてためらいがちに彼女は振り返る。

「勝手に申し訳ありません、台所を拝借しました。」

「構わん。それよりおはよう、と言ったんだが。」

朽木は慌てて頭を下げた。

「おはようございます、浮竹隊長。」

「ああ、いい朝だ。」

朽木の傍に寄って肩を抱き、綺麗な顔を覗き込む。

「あんなにお酒を飲んで・・・酒豪じゃないんですから・・・」

案の定朽木は顔を真っ赤にさせ、わざと突発的な言葉を発した。

俺は聞いていない振りをして彼女に口付ける。


「どこで寝てたんだ?」

座椅子にもたれかかって、うまそうな魚に箸をのばす。

「椅子をお借りしました。」

もし緊急に俺の家に転がり込むときは、客間を使えと言ってあった。

「なんで客間を使わなかったんだよ。」

片付けで未だに忙しなく動いている彼女に霊圧で気付かせる。

俺の無言の抗議に気付いて、朽木は座椅子の横に居直った。

「憚られました、自分の家のようにそんな図々しい真似。」

「だが俺はいいと言った。それに以前も客間を利用したことがあっただろう。」

朽木は返答に困ったようで目を泳がせた。

何故だ、不安の色が黒目に宿っている。

「俺は十余年は朽木を好きでいる。お前のことなら何でも分かるんだぞ。」

ほら言ってみろ、そう言って朽木を唆す。

またこの少女はかわいい煩慮を抱いているに違いない。

「・・・魘されていました。悪い夢でも見たのですか?」

心配そうに聞いてくるが、悪夢を見た覚えは全く無い。

いや、違うよ朽木。

俺は朽木に悪夢を思わせた原因を知り笑った。

見れば彼女は訝しげな目つきで俺を見ていた。

「頭が痛かったんだ、朽木。飲みすぎたみたいだよ。」

彼女は驚いたようで首を傾げて俺を見る。

じき、むすっとしたように口を噛んだ。

「止めても止めても、お止めにならなかった報いです。」

そうやって冷たく言うと、朽木は台所に戻っていった。


不安の色を見抜かれたのが恥ずかしかったのか。

自意識過剰だろう、でもそう思い込むことにした。

客間で眠らなかったのは俺の傍に居たからだ。

魘される俺に戸惑って、一晩俺の寝室に居た。そうだろ朽木。

台所に目をやれば、仕事に遅れまいとやはり忙しなく動いてる。

かわいい不安を抱くだけじゃない。俺は彼女に母性を見た。

「怒ってるのか?」

今度飲み過ぎたら、きっと朽木は怒るんだろうな。

いたずらを咎められる子供のように俺は叱られる。

「いいえ。」

もう戸惑ったりしない、頼もしい母のようになってしまうのか。

俺の渾身の口説き文句も、軽く受け流すような。

「だったら寂しいな。」

朽木は聞こえなかったふりをした。

それでもまだ、少女で居てくれ。


Fin

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お兄様が怒りそうですね。
浮竹たいちょうがきもいです!


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