兄様が耳元で囁いた。


朝の玄関、気だるげな声。


過保護


昨夜、ここ朽木邸は災難に見舞われた。

満月が雲に見え隠れする夜だった。

私が風呂から上がると玄関が騒がしかった。誰かが喚いている。

曲者ではない、よく知った声。

侍女の止める声も聞かず、私は玄関へ走った。

案の定そこには取り押さえられ、暴れる野良犬、もとい恋次がいた。

私を見て、彼は更に暴れだした。

どうやら泥酔しているようで、目の焦点が定まっていない。

「ルキア!」

屋敷中に響き渡るような声に私は怯んで後ずさった。

ちょうどそのとき、向こうから白哉兄様が歩いてくるのが見えた。

恋次の顔が一瞬硬直する。

「何をしている。」

泥酔した恋次を一瞥して、私に尋ねる。

「く、朽木隊長!」

恋次が叫んだ。冷たい石の床に座りなおして頭をつける。

「ルキアを・・・嫁にください!」

なにを、なにを言う。

私たちに、男女のそんな関係は無いはずだ。

兄様は黙ったまま、土下座をする恋次を見ていた。


翌朝、朝食の席で私は兄様に謝った。

「昨夜は申し訳ありませんでした。」

兄様は何も言わない。

疲れた顔をしている。

「兄様、私と阿散井殿は何の関係もございません。ですから・・・」

「構わぬ。」

揺ぎ無い霊圧で私の言葉は途切れてしまった

もうこの話は聞きたくも無いということだろうか。

いずれにせよ、兄様の機嫌は最悪のようだ。

兄様は箸を置いて立ち上がった。

食事はまだ半分ほど残っていた。

「もう出かける。」

私は今日非番だが、兄様は仕事だ。

「い、いってらっしゃいませ。」

兄様は応えてくださらなかった。


双極の事件があってから、私と兄様の関係は非常によくなった。

たまに食事に連れて行ってくださるし、よく私の好きなものを聞いてくる。

恋次や浮竹隊長に甘くなった、と言われるが確かにそうだ。

だが昨夜のことがあったとはいえ、今朝の兄様は機嫌が悪すぎる。

やはり恋次に直接謝らせるべきであるか。


「ルキア様!」

突然、障子の向こうから私を呼ぶ声がした。

「白哉様がお呼びです。すぐに玄関にいらしてください。」

怒られる、私は咄嗟にそう思った。

でもなぜ今怒られなければならないのか。

何か理由があるようだ。

私は障子を開けて駆けだした。


玄関に使用人たちの姿は見られなかった。

兄様だけが明るい玄関で私を待っていた。

別段怒っている様子もなく、私が駆けてくるのをただ見ている。

牽星箝が光に反射している。なんて見目麗しい人なんだろう。

兄様が近寄ってきた。

細い指が私の腕を掴んで引く。私は兄様にぶつかる。

「に、兄様・・・」

離れようとすると、それを拒まれる。

傍目から見ればまるで恋人同士の抱擁のようだ。

薫物の良い香りがする。ますます鼓動が早くなってしまう。

「今日まで触れることすらできなかった。」

上から低い声が降ってくる。

兄様の憂うような声。

「お前を四十余年苦しませたというのに、私は術を持たぬ。」

逃がすまいとしているのか、兄様は腕をきつくしめる。

私が逃げると思っているのか。逃げられるはずが無い。

兄様のそんな声はどんな縛道より効果があって、私はその場から動けない。

「それなのにもう行くのか。」

兄様は恋次のことを言っている。私はめまいがした。

「それは誤解です!恋次が勝手に・・・」

「しかしいずれお前は誰かに嫁ぐだろう。」

息をするのに困るくらい、兄様が私をきつく抱く。

もはや抱きしめるというより押し付けるような。

私には、兄様が何を言いたいのかわかってしまう。

「さすれば私はどうなるのか。」


冷たい表情の奥底に、過保護が浮かぶようになった。

私はそれをただの過保護と見誤った。そして幸せだと思った。

兄様は答えを出せぬ。

私との過去の関係を悔いている。


兄様はいつまでたっても独りのままだ。


Fin

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白ルキもだいすきだってことをアピールしました。
次は久しぶりに浮ルキをやりたい!


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