あんなに冷たい人でも、私は彼を睨み返すことができない。


冷たい雨と冷たい目線


先ほどから振りだした雨は、まだやみそうにない。

そして兄様の帰ってくる気配もない。

私はのろのろと座椅子から立ち上がり、自室の襖を開けて廊下に出た。


「白哉兄様のお迎えに、私があがっても良いでしょうか。」

適当に廊下ですれちがった使用人にそう告げた。

彼女は困ったような顔をして、しばらく考え込んだ。

「大丈夫でしょうか?」

「平気です。」

重大な戦にでも赴くかのような声色が、私の口から出た。


兄様の傘は大きくて私には重かった。

私はそれを片手で抱え、一滴も雨粒がつかないようにしっかり掴んだ。

そして空いた左手で自分の真っ白な傘を開いた。

雨粒が一気に容赦なく傘に刺さる。

私を急かしているのか、そう問いたくなるほどうるさい。


兄様は六番隊の詰所にいらっしゃった。

「ルキアか。」

私が兄様、と呼びかけるより早く彼はそう言った。

「お、お迎えにあがりました。」

兄様は立ち上がり、私の腕の中の傘を見てそれから私を睨んだ。

「申し訳ありません。」

私はその傘を兄様に渡す。

それを受け取り、兄様は詰所の重い扉を開けた。

即座に私は兄様の前に回りこみ、その重い扉を支えた。

廊下に出ると雨の音が先ほどより一層、強まっている気がした。


「私が傘をお持ちいたします。」

開いた兄様の黒い傘の柄を、私が握ろうとすると彼はそれを拒んだ。

そして何も言わず傘を左手に持ち、歩き出した。

怒っているのだろうか。

私が迎えに来たことに、腹を立てているのであろうか。

口を利いてくれないことはある程度予測していたが、これほどまでに露骨な拒み方は知らぬ。

そこまで私は、兄様が色を損ずるようなことをしたか。


考えながら歩いていると、兄様からだいぶ遅れをとったようであった。

兄様が呆れたような顔でこちらを見ていた。

「何をそんなに思い悩む。」

顔にまで出ていたようである。

兄様が珍しく、私の方に向かって歩いてくる。

「も、申し訳ありませ・・・」

「構わぬ。」

私の謝罪も阻止し、兄様はどんどん私に近づいてきた。

普段、こんなに近づくことなどないだろう。

それ故に、白粉をはたけばよかった、紅を差せばよかったなどといらぬ考えばかり浮かぶ。

「肩が濡れている。傘もきちんと差せぬのか。」

兄様の重い傘を先ほどまで持っていたせいで、自分の傘から肩がはみ出てしまったのだ。

しかしその弁解もできない。

なぜなら兄様の手が私の髪を、冷たい指先で撫でたからだ。

「に、兄様・・・」

その手を追うように、払おうとしたがなかなか追いつかない。

思わず、傘を持っていた手を離してしまった。

私の足元に白い傘が転がった。

慌てて拾おうとしたが兄様がそれを許さない。

「拾うな。」

兄様の低い声が私の耳元でする。

何をなさるのです、出したくとも声が出ない。

兄様は自分の頬を私の髪に押し付け、腕を首に回した。

器用にも傘は左手に持ち、兄様の体も衣服もどこも濡れてはいない。

「本気になりそうだ、ルキア。」

兄様がそう言った。

何のことを言ったのかなんて、聞けるはずがないだろう。


兄様はしばらく私の髪に頬をうずめた後に、何もなかったかのように歩き出した。

私はすぐさま傘を拾って、兄様の後についた。

相変わらず、冷たい目線で私を疎ましそうに睨んだ。


一体、何が兄様をこんなに追い詰めたのか。

そして私は追い詰められた兄様に、義妹の存在で何ができたのだろうか。


義妹、という肩書きが兄様の希望を拒むというのに。


Fin

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兄様はルキアにセクハラするのが好きだといい、と思って。
き、近親相姦にはならんですよね。


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