女の美しさが衝動を引き起こす。


俺なら守れる、途方も無く永いその時間の末で今、


腑抜けの掌


一人で歩けないほど酔いつぶれたルキアを、同僚達は俺に送らせた。

奴らのからかうような薄笑いで、俺の想いが見透かされていることを知った。

別に隠してたつもりなんてない。

俺のためを思ってくれた計らいなんだろう、でもきまりが悪い。

そんなことをごちゃごちゃ考えていると、隣のルキアが小さく唸った。

「どうしたルキア、平気か。」

「大丈夫だ・・・」

いかにも気分が優れない様子で、顔を青白くさせて。

素直につらいと言えばいいものを。


ルキアのために歩幅を小さくしてゆっくり歩き、その横顔を眺める。

相変わらずどんな女より美しくて、俺の気持ちを微塵も揺るがせない。

今日はいつもよりきれいだな。

どうせ言葉に出せない想いをただ心の中で反芻してみる。

付き合いが長すぎて、好きだと言う潮時を永遠に失ってしまったかのようだ。

見つめあえば耐えられなくて、思ってもいない憎まれ口をたたいてしまう。

それで狼狽するのはルキアじゃなく俺だ。どうして本心を言えないんだろう。

「悪いがちょっと止まってくれないか。」

ルキアの言葉で俺は歩みを止めた。

「どうした。」

太鼓橋の中腹、北風が火照った体を冷やす。

ルキアは欄干に寄りかかって、足元の流れる川を覗き込んだ。

「悪いな・・・」

もうルキアの酔いは醒めているようで、あとに残った不快感が辛いのだろう。

俺は彼女の丸まった背中を擦る。少しでも楽になればいい。

「久しぶりに呑んだから、感覚がつかめなくて。」

言い訳がましくルキアが言葉を紡ぐ。

「こんな酔っ払いの介抱させてすまん。」

「いいから黙っとけ。」

ルキアはしゅんとして、ますます小さく縮こまってしまった。

沈黙が続いても二人の間に気まずさは漂わない。

それは俺らが長い付き合いだからで、きっとこれだけが俺の強みだ。


俺もルキアも長いこと何も言わなかった。

ただ俺の掌は狭い女の背中を擦り続けていた。

だいぶ具合も良くなったのだろう、ふと見るとルキアは目を閉じていた。

「眠いのか。」

「いや、心地いいんだ。」

ありがとう、と言葉が返ってきた。

「帰れるか。」

ルキアはまたしばらく黙ったままでいた。

できればこのままでいたい、まだ歩けないと言ってほしい。

俺は沈黙に焦れる。

「・・・思えば、」

ルキアが瞑っていた目を開き、やっと声を出した。

そして俺のほうを向いた。やけに目が輝いている。

「ずっと昔、院生の頃もこんなことがあった。」

ああ忘れもしない、三年目の冬。

酒に慣れないルキアが、今晩のように酔いつぶれたあの日のことだ。

やはり介抱したのは俺で、辛そうに呻くルキアの背中を擦ってやった記憶がある。

「ああ、覚えてる。」

「あの時もこんなふうに、お前が背中を擦ってくれた。」

ルキアの腕が伸びて俺の手首を掴む。

爛々と輝く目が俺を捕らえて放さない。

「お前の掌が好きだ。刀を握るそれも、私の背中に触れるこれも。」

ルキアが俺の手の甲を自分の頬に押し当てる。

試されているのだろうか。それにしては光る瞳が気にかかる。

ただその真偽も考えられぬほどに俺は狼狽していた。

情けないほどにこの女を得たいと思う気持ちが胸を焦がす。

「何度もこの掌で救われたんだ。」

もう抑えられないと気づいたときには遅く、本能がルキアを抱きしめた。

あまりに強く腕を引いたもんだから、ルキアが小さく息を呑む。

気遣う余裕もないほどの緊張で胸が張り裂けそうだ。

「恋次?」

恐る恐る俺に聞く声が俺を拒んでない。

今言わなかったらきっと、いや絶対に一生後悔する。

「・・・それなら何度でも救ってやる。」

ルキアを解放して、不意打ちに驚いて潤んだ目を見た。

その細い両肩に手を置いて、今まで言えなかった言葉を紡ぐ。

「好きだ。誰とも比べられないくらい好きだ。」

互いの呼吸の音がする。

ルキアの瞬きの音さえ聞こえる。

粋な言葉なんか言えない。情けない声しか出せない。

でも俺なら。


ルキアは驚いたように黙って、俺の目をじっと見ていた。

しかしみるみるうちにその白い頬が朱に染まった。

「な、なに言ってるんだ!思ってもないことは冗談でも言うな!」

ルキアは俺の手を払いのけて背を向けてしまった。

「おいルキア・・・」

「そんな真面目な顔をして・・・私で遊ぶのはやめてくれ!」

そう言ったいつになく大きな声は本気で、俺の心を震わした。

思った以上に俺たちの歴史は長い。殊、ルキアにとっては。

だから俺が吐露した思いの丈はこいつには重すぎたんだろう。

その証拠に背を向けたその肩が震えている。

寒さのせいなんて野暮なこと思わない。

「長いこと言えなかったが、最初から、今だって想ってる。」

弁解するように、でも本気が伝わればいい、そう願って。

ルキアが振り返った。涙でいっぱいの目元が扇情的だ。

「この意気地なし!・・・お前なんて大嫌いだっ!」

平手打ちが来る、そんな予感がして俺は目を瞑った。

それとともに自分の恋が散るなら多少は報われるな、そう思って歯を食いしばる。

しかし頬に痛みと小気味好いまでの音は無く、代わりに突進をくらい体がよろめいた。

驚いて目を開けると、ルキアが俺にしがみついていた。

否、抱きついていた。

この解釈で間違っていないだろうか、でも振られたはずなのに。

「この大莫迦者!私ばかり懊悩しているものだと・・・」

涙声がそう言って、でも安心したように体を擦り付ける。

「ルキア、お前は・・・」

「言うな!貴様と同じだ!」

真冬の身を貫くような北風が、今更ながらよく感じられる。

安堵で力の抜けたこの体にそれが堪えて思わず震えた。


抱きついてくるルキアの、その震える背中は涙のせいか、寒さのせいか。

いじらしい様子が愛しくて、そっとその背中を撫でてやる。

長すぎた過去を埋めるために、その分満たされた未来になるように。

あの時掴めなかったこの掌は、今はこいつを繋ぎとめるためにある。


Fin

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恋ルキ久しぶりです。
でも残念な出来で(笑)


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