長い長いまつげが震える。


謝れば済むなんて、どうして思ったのだろうか。


好きな女を


「離せ!付いて来るなと言っているのだ!」

朝っぱらからの女の怒声に、すれ違う人々は何事かと振り返る。

「いいから話聞けって!待て、ルキア!」

「五月蝿い!言い訳など聞きたくもない!」


昨晩、人妻に言い寄られた。

彼女は六番隊第三席の妻で、偶然飲み屋で出くわした。

俺よりいくらか年上の、美人な女だった。

夫とはうまくいっていないらしい。

泣きながら何度も俺の耳元で、さみしいと囁いた。

もちろん俺はそれを軽くあしらって、ルキアの存在を示唆する。

そんな現場をルキアに見られた。

逢瀬だと勘違いしたらしく、彼女は俺に軽蔑の視線を投げて立ち去った。

そして今に至る。


「お前の勘違いだ!あの女は人妻だ!」

「ならどうしてあんなに寄り添っていたのだ。」

大きなルキアの足音が急に止まった。

そしてくるりとこちらを向いて俺を睨みつけた。

「疑っているのではない、悲しいだけだ。」

言葉の終わりは聞き取るのがやっとだった。

ルキアを抱きしめようと、彼女の肩に手を置く。

「触るな。」

ルキアは静かにそう言った。

思わず俺は手を引いてしまった。

「抱きしめれば済むと思ったか。」

「ち、違えよ!」

「・・・そんな安価な女じゃないよ、私は。」

まずいことになった。

少なくとも俺はこんなルキアの表情を見たことがない。

こんなに悲観的な声を聞いたことがない。

手のひらがじんわりと汗ばむ。

「行ってもいいか。」

なんの反応もない俺に痺れを切らしたのか、ルキアが言った。

「いや、行くな。」

打つ手はないが、行かせるわけにはいかない。

ルキアは眉をひそめた。

「俺はどうすればいい。」

「自分で考えろ。」

いつになく、威勢のない声だった。

ルキアは俺に背を向けて行ってしまった。


それはまるで、頭を殴られたかのようだった。

すぐさま振り向くと、殺気立った霊圧の朽木隊長がこちらを睨んでいた。

「た、隊長っ!」

俺は慌てて深く頭を下げた。

「ルキアに何を言った。」

最悪なことに、隊長に見られていたらしい。

何も言えなかった。

頭を下げたまま、隊長の足元だけを見ていた。

「答えろ、聞こえているのだろう。」

隊長が何か言うたび、俺の背中を汗が伝う。

「・・・ルキアの誤解です。」

「誤解させるようなことをしたのか。」

言葉に詰まる。

確かにあの時、酔いが回っていたとはいえ、俺と女の距離は短すぎた。

そして翻弄されていた。あの女の色香に、体温に。

「あれはまだお前の物ではない、朽木家の物だ。傷つけて良いとでも思ったか。」

俺はあいつを傷つけたのか。

今更になって悔悟する。

「申し訳ありません。」

隊長の霊圧は微動だにしない。

まだ怒っているらしい。

一護たちが帰ってから、この人はだいぶ丸くなった。

殊に自分の妹に関しては。

「執務室だ。」

唐突な隊長の言葉に、思わず頭を上げてしまった。

「六番隊の執務室で待っているようにルキアに言った。」

「・・・はっ、はい!でもなんで・・・」

隊長は向きを変え、廊下の向こうへと歩を進める。

「いずれ朽木家に入る者だ。手助けくらいはする。」

認められたか?しかしまだ何の報告もしていないはずだ。

自分たちの間でもまだそんな話は出ていない。

「あ、ありがとうございます!」

俺は立ち去る隊長の背中に向かって叫んだ。


執務室はまだ朝会前ということもあり、ルキア以外人は居なかった。

「ルキア。」

「何か用か。」

冷たい目で睨まれて、若干カチンとくるが俺は何も言わなかった。

ルキアの正面の椅子に座った。

「お前の居所は朽木隊長に教えてもらった。」

義兄の名を聞いて、ルキアは伏せていた顔を上げる。

「叱られた。」

更にルキアが反応を示す。

「隊長も甘くなったな。お前のことで叱られるのは初めてだ。」

「失礼なことを言うな、言いつけるぞ。」

視線をそらしてルキアは俺を脅した。

微かだが、まつげが震えている。

おいなんだよ、泣くのか?

「あの女に俺は確かに言い寄られた。でもな・・・」

「わかっている。」

言葉を制された。

「恋次がそんな不純な真似できるはずがない。」

「だったら何で・・・!」

「貴様は人妻には優しく宥めることができるのに、私に対してはそれができないからだ。」

唖然とした。

長いまつげを震わす原因はそれか。

「虚しかったよ。」

ルキアがそう呟くと、まつげの間から涙が落ちた。

「泣くなよ・・・」

何かしなければならない、それはわかるのに何もできない。

好きな女の涙一筋さえすくえない。

「・・・悪いが俺は好きな女を優しく宥める術を持たねえ。」

ルキアがむせる。

俺は背中をさするふりをして、両手を回した。

「ただ理屈じゃない、抱きしめてみたいと思うときがある。」

ルキアの髪から、朽木隊長の焚く香の香りが微かにする。

血液が逆流しそうだ。

「抱きしめれば済む、なんて思ったこたねえよ。」

完全に抱きしめてやった。よし、抵抗は見られない。

「貴様は本当に阿呆だ。」

泣き声まじりで馬鹿にしてんじゃねえよ。

なんだよ笑ってんじゃねえか。


ああでも、何でこんなに離れがたいんだ。


Fin

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だいぶ短い時間で執筆できました!
しかも恋ルキ初めて!嬉しい!


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