困った顔が見たくて吐いた嘘。


そんな意地ひとつのせいで。


虚勢では守れない


「もう帰るのかい。」

朽木さんの横顔が夕日のせいで眩しい。

僕が拵えてやった真っ白なワンピースも、柑子色に染まっている。

明日の今頃、この人はもう尸魂界で、ここにはいない。

飽き足りぬ思いを吐露したところで、どうにもならない事実だけど。

「仕方が無かろう。私の休みはお前らと違って短いんだ。」

自転車通学の生徒が僕らの脇を通る。

女子と二人でいるところを見られるのは、弱みを握られる感じがして嫌だ。

そんなこと朽木さんは微塵も気にしないんだろう。

休みの多い現世の学生を、羨むように文句をたれている。


「・・・寂しいだろう?」

ふと朽木さんが挑発するように僕の顔を覗き込んだ。

きっと年下の僕はからかい甲斐があって楽しいんだろうな。

嬉々として僕の答えを待つ朽木さんが可愛くて、思わず吹きだしてしまった。

「な、なぜ笑う!何がおかしい!」

朽木さんは歩みを止める。僕もつられて止まった。

「ああ、寂しいよ。」

この人の狼狽した顔が見たい。

「帰らないで、朽木さん。」

朽木さんの黒目が揺らいだ。眉根が下がって僕を見つめる。

何か言いたげな表情がもどかしい。すぐに手に入れられたらいいのに。


きっとこの人は子供の気随な言葉を裏切れない。

でも葛藤のうちに、現実性を考えるその一瞬で我に返るのだろう。

だからその一瞬だけでも、彼女の困った顔が欲しかった。

「・・・嘘だよ。」

僕はまた歩き出した。

苛めるのが好きなわけじゃないけど、朽木さんの焦る顔が好きだ。

普段は気丈な彼女が、どうすればいいのかわからなくて目を泳がせる。

僕に頼ればいいのに、でもそれをしないのは、僕がまだ子供だから。

「い、石田!待て、なんでそんな・・・」

手首を掴まれた。

振り返れば、今にも泣きそうになって僕を見る朽木さん。

僕は驚いて咄嗟にごめん、と謝った。

「嘘ならそんな顔するな・・・」

朽木さんは僕の手を掴んだまま。小さな声の語尾が悲しい。

すっかり俯いてしまった彼女に僕の心は痛んだ。

傷つけるのを知っていたくせに、この人に甘えがあるから。

泣かせるのは好きじゃない。

泣くのは苦しいことだって知っているから。


泣くのを堪えて唇を結ぶ朽木さん、でもついにその瞳から涙がこぼれた。

必死で涙を拭って、誤魔化そうとするけれど、涙が止まらない。

僕は呆然と、彼女の涙の行方をただ眺めていた。

「す、すまない・・・」

止まらない涙に朽木さん自身が狼狽している。

僕が大人になれなかった分だけ彼女は涙するんだろう。

もっと素直に、変な意地なんか張らないで、愛情を示せたらいいのに。

「ごめん・・・僕のせいで・・・」

朽木さんは顔を上げた。

涙はまだ止まらなくて、ますますその薄紅色の頬を濡らしていく。

「いいんだ・・・私が女々しいだけだから。」

手を伸ばす。

臆病なせいで震える指先なんか目の前に晒して、でも彼女の頬を伝う涙を拾う。

「泣かないで、ごめん。悪いのは僕だ。」

大事にしたいのに冷たくして、触れたいのに突き放してた。

それなのに朽木さんは首を振って、何ともないような顔で僕の傍にいた。

この人の困った顔が好きだ。

でも憎まれ口なんか叩きながらも、照れ笑いしてる顔のほうがもっと好きだ。

「ごめん、ごめん朽木さん。好きだよ、だからもう泣かないで。」

ここは通学路だからって、体裁を気にして謝っているんじゃない。

もう泣き顔は見たくないんだ。

穢れのない涙は美しい。でもその涙は痛みと紙一重だから。

「わかってる・・・わかってるよ・・・」

嗚咽交じりのか細い声で朽木さんが言う。

堪えきれなくなって、ここがどこであるかも忘れて、その細い小さい体を抱く。

明日にはもういない。

「寂しいに決まってるじゃないか・・・!」

この人をずっと自分の傍に置いておきたいのに、僕にはそんな力がない。

それでも僕は溢れ出る恋情を抑える術を、もはや持っていない。

寂しくないはずがあるか。悔しくないはずがあるか。

こんなに好きなのに。


しばらく抱きしめていたと思う。

落ち着いてきた朽木さんが我に返って、僕の腕からするりと抜けた。

さすがの彼女でも、道端で抱擁を交わすのには抵抗があるようだ。

当然僕も正気づいて辺りを見回した。幸いにも人通りはない。

息を一つ吐いて改めて朽木さんを見れば、紅潮した頬の彼女と目が合った。

黒崎とか、他の男には見せないんだろうな、こんな顔。僕だけだ。

そう思うと嬉しくて、思わず目を細めてしまった。

「・・・み、見るな。」

目尻に溜まった涙の残滓を袖でふき取って、朽木さんはそっぽを向いてしまった。

普段はこんなに気丈なのに。

「・・・帰ろうか、朽木さん。」

照れながら少し笑って頷く朽木さんは、誰よりも可愛い。

次に朽木さんが来るときは、その笑顔で会えなかった日を埋めてもらおう。


次の日の朝、朽木さんは尸魂界に帰っていった。

またしばらく瑞々しく跳ねるような声も聞かれない、冷たい肌に触れることもない。

いつでも傍に置いておきたいけど、そんなエゴは通用しない。

自分の身の程くらい、弁えている。僕はまだ若すぎるんだ。


それでも、彼女を守れるようになった日を夢想することがある。

孤独なんて感じさせない、自分の精一杯を愛情で具象させてやる。

こんな細腕でもそれくらいの力量を秘めているような。

そんな日のことを、つい夢見てしまうんだ。


Fin


------------------------------------------

つんでれな二人が好きなんです。
石ルキの良さを皆に伝えたい気分です。


ブラウザバックで戻ってください。