不安の言葉が嘘に変わって口をつく。
自分の弱さが虚しくて、それでも残り香に心臓は跳ねる。
近視眼
押入れの隙間からそっと一護の様子を覗き見る。
こちらに背を向けて寝床に横になっている身体。さっきは酷いことを言った。
「一護。起きているか。」
小声で呼ぶ。一護の頭が僅かに動いた。
「やはり謝るよ。すまぬ。」
妙な自尊心なんか掲げて、理論武装で得意げになっていた。
他愛ないことで、些細なことで、私たちはいつも大人になれない。
一護が掠れた声で何か言った。
腹の底から出ているはずの声が、今日は聞こえない。私のせいでそんなに。
「一護、そっちに行ってもいいか。」
答えを聞く前に押入れから跳び下りて、一護の寝床の脇に座る。
木目張りの床は冷たくて、裸の爪先から冷える。
「ごめん、一護。悪いのは私だ。」
下らぬ言い合いが元で、私は一護を傷つけた。
住む世界が違う。どうせ忘れる。なんて、どうして言えたのだろう。
愛されている身でありながら、一番好きな人にどうしてそんな酷いことを。
「・・・いちいち蒸し返すなよ。」
「筋を通さなければお互いのためにならないだろう。」
一護が起き上がって私を見つめる。
私たちはお互いの心底を探り合うために喧嘩する。
だからその理由なんてなんでも良かった。
朽木さんって黒崎くんと付き合ってるの。
好奇心を黒目に宿した女子は、事あるごとにこの質問を投げかけてくる。
初めは一護の体裁とか沽券を考えて否定していたものの、嘘をついているようで良心が咎め、曖昧にぼやかすようになった。
それはそれで一護も何も言わないから、勝手に自己完結していた。
今日の放課後も、井上の友達に問いただされたから笑って誤魔化した。
「やっぱり付き合ってるんでしょ?もう言っちゃったら楽になるよ!」
そもそも付き合っているとかいないとか、そんな概念で私と一護の関係を括れるのだろうか。
ぼんやりと考えてみるが、一護はきっと私のことを好きだと言うし、私も好きだからたぶん付き合ってるのだろう。
「また誤魔化して〜!今日こそは吐いてもらうからね。」
言ってしまいたいと思う時がある。
私は黒崎一護が好きで、奴も私につくづく惚れ込んでいる。
この子らが言うように、きっと楽なんだろうな。そんな風に言えるはずもないけれど。
「私は・・・」
その場を取り繕うため、口を開いた。
二人の目が爛々と輝く。
「付き合ってねーよ。何度言わせんだ。」
背中のほうで、一護の声が不意に聞こえた。
まるで私の言葉の続きを紡ぐように、でも自然に、彼はそう言った。
「黒崎くん駄目だって!今は朽木さんに聞いてるんだから。」
「黒崎くんに聞いたって絶対そういうに決まってるじゃない。」
「だから。付き合ってねぇって。以上!また明日。」
一護は手をひらひらと振って教室を出て行った。
慌てて私も二人に会釈をして、彼の後を追う。
腑に落ちない。
そんな簡単に、自然に、迷い無く切り捨てられるとは思わなかった。
家に帰ってからも一護は別段変わった様子は無く、私ばかりが悶々としていた。
「なあ一護、さっきの・・・」
話しかけると一護は勉強していた手を止め、私の方に向き直った。
「さっきの?」
逆に問い返された。
もう記憶にはないらしい。あるいは些細なことすぎて、そんな暗示では伝わらないのか。
「さっき井上の友達たちと話していたことだ。」
「ああ、あれか。」
「何故お前は本当のことを言わないのだ。」
一護が眉を顰めた。私の真意を掴みかねている。
「何でって・・・んなの面倒だからだろ。大体言って何になるんだよ。」
一理ある。
俯瞰して見たら、そんな些事に気をとられるはずなんてないのに。
曖昧になって紛れ込んだ一護の気持ちを知りたくて、こじつけて、屁理屈こねて突っかかる。
「面倒だなんて、私に対して失礼だと思わんのか。」
「はぁ?そんなの飛躍しすぎだろ。」
「そういう風に私は感じる。お前なんて取るに足らぬ存在だと、暗に言われているように思えるんだ。」
一護が椅子から立ち上がって、寝台に座る私の隣に腰掛けた。
「なあ、どうしちまったんだよ。おかしいぜ今日。」
「おかしいのはお前のほうだ。どうして私ばかりが懊悩する必要があるのだ。」
ぶつかり合うことなしに、お互いの愛を測れない。
相手が必要なときにそう言えない。好きの一言が難しい。
「それはお前の被害妄想だろ。俺がそんな風に思うわけねえ。」
一護の一言一言に、涙が出そうになるくらい、胸を締め付けられる。
自分の弱さを、一護の若さを、真正面から見据える勇気を私は持たない。
「・・・いずれ忘れるからか。」
初めから、人間などに惹かれるからいけないんだ。
いつの間にか海燕殿より広く私を占めるようになった人間は、それでも所詮人間で。
最期まで一緒に居られるはずはなく、いつか私はこの子の元を離れなければならない。
一護は察しがいいから、別離の時が来るのを何となく分かっているんだろう。
「私のことなどどうせ忘れるからか。だから御座なりに今を過ごすというのか・・・」
涙が溢れた。
泣けば一護が狼狽することくらい分かるのに、抑えられない。
「いい加減にしろよ!」
一護の怒号。扉を開けて、部屋を出て行ってしまった。
一人残った虚無。
布団に倒れこんで唇をかみ締めて泣いた。
一護のにおい。たかだか十五、六の男の放つそんな稚いにおいが、私を捕らえて離さない。
どうして、どうしていつも。
「・・・で?何が言いてえわけ?」
一護が聞いた。
「さっきは心にも無いことを言った。すまぬ。」
一護の表情を盗み見れば、険しい目つきで窓の外を横目で見ていた。
薄く差し込む月の光が、その髪を青く照らす。
「女子の詮索が煩わしくて、お前に当たってしまったんだ。」
「嘘つけよ。」
思ってもいない言い訳を見抜かれた。
「俺に対して不満があんだろ。」
私の言葉を待つように、一護の目が私を射抜く。
全部吐いたら、一護の見えない気持ちまで見えるのだろうか。
「一護、私は・・・」
言葉を紡ぐ。
自分の脆弱な精神を曝して、それでも見返りが欲しくて。
最初に信じたものの、その信憑性をまた確かめる。答えなんてもう出ているはずなのに。
「私は一護が好きなんだ。」
微かに一護が息を詰めた。
「でも今日みたいに、時折分からなくなる。私と同じように、お前の中心に私がいるか否か。」
しんと静まり返った夜の帷に包まれている。
初めて向き合った。その答えを待つ。
「ルキア。」
いきなり腕を引かれて胸に抱きしめられた。
思いの外暖かくて、余計に震えた。ああ、そうかこうされるのも初めてだった。
「お前は馬鹿だ。そんなくだんねーことで思い詰めたりしてさ。」
「・・・一護。」
「でも俺も悪かった。ちゃんと言わないとわかんねえよな。」
肩を押されて無抵抗のまま背中が寝床に沈む。
一護が私の両脇に手を付いて、覆いかぶさるように上から見下げる。
「お前のこと好きだぜ。俺の心の真ん中に、どっかり座ってやがるしな。」
「なっ・・・人を傍若無人のように言うでないぞ!」
「やっと元に戻った。」
一護の顔が迫って、唇同士が触れた。
なんだかあまりにも唐突でああ接吻かなんてぼんやりと思えば、急に羞恥がこみ上げた。
そういえば、初めてこういう手段で愛情を表現された。
触れ合うだけで熱が伝わって、その温度だけ、きっと想われているんだろう。
「俺の傍から離れるとか、そんなこと考えんのもナシだからな。」
きつく抱きしめられて、一護の心臓の音が間近に聞こえてまた照れる。
その鼓動の意味は確かめるまでも無い。
「ああ、わかってるよ。」
何度も、何度も言ってほしい。
何度でも言うから。
近すぎて見えなくなるものを、その距離の分だけ。
Fin
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イチルキストの皆さんお待たせしました(笑)
初っ端なんで、ドライに。今後は徐々に甘くね。
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